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気が付けばあの出来事から三年が経っていた。
異国の地を巡っていた彼が今居る地は熱帯の植物が多い国であった。
その日、小雨の中、傘を片手にふらりと歩いていると、滴る雨の匂いに混ざる微かに柔らかな甘い香りに誘われた。
舗装されていない雑然とした小道の向こう、傘が邪魔をするがどうにか草をかき分けて在りかを辿っていくと香りは強まる。
少し開けた場所は腐葉土に富み、朽ちた倒木から大きな葉が茂げっているように見える茎が繁々と伸びている。
彼はそこに空を見上げて膨らむ大きな蕾をひとつ見つけた。
それは夜半に花開く真っ白な大輪、月下美人の蕾であった。
蕾からは真っ白な花弁が見え隠れし、花開く為の準備が始まっている。
月下美人といえば、満月の夜にしか咲かないと言われているが、あれは俗説でしかない。
蕾は今晩わたしが咲くのよと優雅に歌うように、私の虜になりなさいとでも言うように、香りを辺りへ醸していた。
長いこと彼はその場に佇み、かの蕾をじいっと見つめた。
月下美人をこの目で見たことは今までないが、神秘的で美しさを纏う真っ白な大輪であることは知っている。
香りは更に強くなっていき、いつか覚えたことのある目眩を覚えそうになる。
月下美人は夜半に花びらを広げていく。まだ夕方、その時間ではないが、彼は目の前の大きな蕾に幻想を抱き、思案に耽りはじめた。
数時間ほどで萎んでしまう月下美人が咲き誇るさまを思い浮かべると、儚く美しかった崇高なるかの人を思い出さずにはいられない。
あのひと時の逢瀬は現実味を帯びないものの、かの人が残したものが彼の手元には確かなものとし存在していた。
何時も彼の脳裏には忘れがたいあの出来事が鮮明に取り残されている。
三年間、彼は只管に探しものをしている。
あの真っ白いワンピース、漆黒の髪と瞳。
ただ一度でいい、かの人を見つめたいと願い続けて早三年が経っていた。
ただ一度だけでいい、一目で構わない。あの幻想をもう一度、更に鮮明なものとして瞳に脳裏に心に刻み込みたいと只管な衝動のみが彼を動かしていた。
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