真白に魅了されし者

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 変えられない感覚の最中、たったひとつだけ、彼は違いを見つけた。  か細いかの人は何処かへ行ってしまったが、この花は何処かへ消えるのではなく、華やかさという神秘の余韻を残して咲き朽ちるという儚さを残す。  彼は初めて実物を目にした月下美人の俗説と生態の違いを知っていた。月下美人は一度咲いたら二度と咲かないと言われているが、再び咲き誇る力を株が身に付ければ数ヶ月の後にまた蕾を生む。  雨が俄かに和らいだ気がした。  鮮明に過ぎる記憶が目の前に醸しだされ、かの人が現れてくれないかと、希望には程遠いだろう期待が誘発された。  美しいかの人のような花へ、かの人のような美しい光景を求めて。  雨は吹き荒ぶだろうか、止むだろうか。雲が流れて月明かりが照らすだろうか。  真っ白く輝くように咲く月下美人に月光が注いだら、その神秘性と美しさは殊更だろう、かの人の美し過ぎた崇高さを勝るかもしれない。  快楽に溺れかけた期待で胸が膨らみ、高揚感が増せば、彼の恍惚とした表情に朗色と喜色が広がっていく。  もしあの時と同じならば、この空を仰ぐ月下美人は何処へ向かいたいというのだろうか。  彼はこの花が美しい人のまま何処へも行くことはないと、はたと確信を持った。  只管にかの人と大輪の真っ白な花とを重ね合わせ、三年前に抱いて篭り続けていた情熱を放っていく。  得も知れぬ期待を胸に佇み、月下美人を見つめた結果、この日雨は止まなかった。  月明かりは地上へ届かない。  男はがくりとはしなかった。  あの一重の邂逅は幻想ではないとしっかりとした意識の元に、彼の情熱は新たな崇高なるものへと移り変わった。
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