真白に魅了されし者

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 あの時、女と彼をびしょ濡れにした豪雨と突風の末に、突如雨は突然止んだ。  彼は女が決して手に取ろうとしなかった自分のハンカチーフを握りしめていた。  びしょ濡れの中、彼は妙な胸騒ぎを覚え、ぐしょりとしたハンカチーフを強く握りしめると、吸い込んでいた水分が地面へ滴る。  風はなだらなものの、吹き続けている。  俄かな風が夜空の曇天を動かしだした。  雲の流れはやたらと早かった。  薄い雲から俄かに月明かりが注ぎだし、仄かな幻想を誘う。  薄明かりは神秘的な幻想を辺りに醸し出し、彼の心地が高揚した。胸騒ぎとは他所に鼓動が高鳴る。  その後、高揚感とは裏腹に俄かな恐れのようなものも覚えた。  女の全身を舐めるように、汚れのない裸足からすらりと細い脚、白いワンピースを辿り彼女の横顔まで視線をやった。  彼が感じたものは、恐れではなく奇妙な違和感であった。  彼の食い入るような視線を気にした風もなく、女が突然口を開く。  白いワンピースは変わらず汚れを知らない。彼女の顔も汚れを知らない。  整った目鼻立ちは華やかさというよりも淑やかさが先立ち、そのしなやかさへ彼は再び儚さを覚える。 「そう、もうすぐ。きっともうすぐだわ」  やわらに呟かれたそれは、彼に投げかけたものではなかった。  しかしはっきりと鮮明な音としてやたらと辺りに響いた。  隠れていた月が顔を出した。  欠けた月、満月のような明るさは持たないはずであった。しかし、満月に照らされているような、いや、それ以上の灯りが辺りへ降り注いでいる。  注がれた月光により見つめていた女の顔がくっきりとすると、彼は心底驚いた。  線の細い儚い女はまだ少女の面持ちであった。  頭が追いつかない。背格好はか細く儚げに彼の肩あたりにあるままであったが、紛れもなく少女であった。  先程まで見つめていた彼女は淑やかな大人の面持ちをしていた。  少女はやはり美しかった。  最初に女に覚えた神秘性はそのままに美しく、やはり崇高な雰囲気を纏う。  漆黒の髪から水滴が風に乗って消えていく。一緒になびいた一房を綺麗な手で押さえたその仕草は、少女然とした可憐さが滲む。  相変わらず、彼女の足元は汚れていない。  彼は地面からゆっくりと視線を上げていきワンピースが汚れなき白であることを確認した末に、少女の面持ちを伺った。  彼の瞳に映った少女からは儚さを覚えなかった。神秘的な美の存在はそのままに、儚さだけが消え去っていた。  何かに満ち溢れた瞳で欠けた月を見上げている。そうしてあどけない微笑みを称えてる。
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