9/15(日)

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9/15(日)

 人生とは一本の映画である。別に我々はスクリーンの向こう側のために生きているわけではないが、誰しも人生には「見どころ」があると思う。例えば、長年監禁されるように過ごしていた家からの脱出。例えば、心と体に傷を負わせた者たちへの復讐。彼らの映画は死と共にエンディングを迎え、大量の花に囲まれてクランクインする。正式にはコフィンイン、なのかもしれないが。  そうなると人生のスタッフロールは葬式なのだろう。飾られた花に親族の名前を書く文化がこの国にはある、と知人の葬式関係者から聞いた。厳かな曲に関係者の名前、確かにそれはスタッフロールを彷彿とさせる。だったら別に超ポップな曲が流れてもいいんじゃないか? と言ったら苦笑された。まったく、他人の価値観は未だに時折わからなくなる。  おどろおどろしい曲が消えると共に、劇場内が明るくなる。時刻は夜の十時。グラトニーがどうしても気になる映画がある、というので連れてきた俺は、結局後悔することになった。 「なんでよりによって『フランケンシュタイン』なんだ……」 「面白かったからいいだろ、ヴィクトール」  どうやらこの劇場では今過去のホラー作品、その名作をピックアップして上映しているらしい。「残暑をホラー映画で吹き飛ばそう!」というポップが妙に忌々しい。しかし何より一番恨めしいのは、ポップの右端にいる顔色の悪いガタイのいい大男だった。 「なぁグラトニー、こいつの名前わかるか?」  劇場を出るついでにその大男(と言ってもデフォルメされているため小男なのかもしれないが)を指さして尋ねる。軽く首を傾げたグラトニーは、当然とでもいうような顔で応えた。 「わかるぞ」  その次の言葉を待つ。何人かが映画の感想を言い合いながら横を通り過ぎていく。十秒、二十秒。視界の端にかかっている時計の分針が動いたのを確認した俺は、グラトニーの頬をつねった。 「いひゃい」 「『いひゃい』じゃない『いひゃい』じゃ! 『Do you know what~?』の質問はYesとかNoで答えるもんじゃないって何回教えたらわかるんだおーまーえーはー!」 「いひゃい」  片方の頬ではやめきれず、両方の頬をつねってぐにぐにと動かす。無駄に柔らかいグラトニーの頬がほんのり赤くなってきたあたりで、俺は手を離した。 「はい、じゃあこいつの名前は?」 「はーいせんせー。こいつの名前はありませーん」  なんとなく小学生を引率している気分に近いものが沸き上がってくる。横っ面をぶん殴りたい気になったが俺はそれを抑え、ため息と共に「正解だ」と吐き出した。 「しかしなぁ、世間一般は馬鹿の一つ覚えみたいにこいつを『フランケンシュタイン』と呼ぶ。なんだ、お前らはキリスト教を『イエス』と呼ぶのか」 「でもイエスってイエス・キリストじゃないか?」 「クトゥルフ神話は『ラヴクラフト』じゃないだろ」 「一気に時代飛んだな」  そんな話をしながら、ふらふらと牛丼屋やらコンビニやらに近づくグラトニーの襟首をその都度引き戻して帰路を歩む。こいつの脳味噌は虫かとも思ったが、街灯には近づかないことからそうではないと結論付けた。多分この結論は、人生で二度と使わない定理だろう。 「なんでお前はそんなに店に惹かれるんだ?」  この質問の返答は、グラトニーの腹の虫が答えた。ぎゅるるる、と路上に響き渡る胃袋のため息。俺は思わず頭を抱えた。 「すまん。あんな飯テロ映画を見たらどうしても腹が減って」 「ロトがホラー映画を『AV』と呼ぶみたいなノリだな」  しかしこいつは映画前に焼肉を五人分喰らい、上映中はチュロス三本とホットドッグ二本を完食している。しかも時間帯的にこれはまだ奴にとっての朝食だ。この二時間後に控える昼食のためにも、俺は心を鬼にして飯に惹かれるグラトニーを引っ張り続けた。 「ヴィクトールが美味しそうに見えた……俺はもう末期かもしれん……」 「俺はそんなにいつも不味そうか?」  足取りが不安定になってきたグラトニーをなんとか二階の個別部屋の廊下へ連れて行き、俺の部屋の前で待たせる。室内に入ると、グラトニーなら歓声を、一般人なら悲鳴を上げるような光景が広がっていた。  実験用ベッドに並べられた人、人、人。それらは皆死んでいるが、時折ぴくぴくと蠢く。ある者は起き上がってはぐらぐらと不安定に揺れてまた倒れるを繰り返し、ある者はベッドから落ちない程度に左右にゆらゆらと揺れる。俺は俺で部屋の隅っこのメーターを見ながら、失敗作を探り当てた。 「この実験はそこそこ良い線行っているが、こっちは駄目だな。これは……比較用だから駄目だとして……」  メーターと実験計画を交互に見ながら、俺はようやくグラトニーにやる死体──つい先日殺した女子高生の死体を運び出し、部屋の前で律義に待っていたグラトニーが律義に俺を転ばせようと出していた足をわざとらしく踏みつけ、俺はその死体を奴に渡した。 「赤ん坊ほどじゃないが、この女はそこそこの肥満体だ。柔らかいと思うんだが」 「肥満が好きなのはレヴィの方だが……あーまぁ、子供の肉だからいいか」  感謝する、と告げてグラトニーはキッチンに降りていく。俺は部屋に戻って実験記録をまとめる作業に入った。  死者蘇生、それは俺の永遠のテーマだ。生きている人間を死ななくする、つまりは不老不死にする方法は見つかった。しかし、死者を蘇らせる方法は見つかっていない。確かに一度死んだ肉体を再び動かすことは出来たが、そうやって出来たのは意志を持たない怪物だった。 「いつか絶対蘇生してみせる……ヴィクトール・フランケンシュタインの名にかけて」  ぽつりと呟いた言葉に呼応するように、一個の死体がばたんと起き上がり、そしてまた動かなくなった。
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