0人が本棚に入れています
本棚に追加
二切れ
「それにしてもビックリしちゃった~私CDラジカセなんて知らなかったからさ~」
あれから数日。ノゾミの手に入れた件のCDを聴くため、三人はアイの家に集まった。当然、残りのCAKE収集とその鑑賞方法についての作戦会議も兼ねている。
当初はノゾミの家の方がデカいし、学校からも近いので便利だろうという話だったのだが……。いつのまにか、話題はそれぞれの家の間取りの話に移行し、最終的にアイの家にはイカしたガレージがあるので、そこに集まることになったのだ。
CAKEを全て集めたとして、聴く方法は限られる。一枚一枚既にCDになってしまっているため、データを合成して……等というテクニックは、まぁ普通の高校生なら使えないだろう。多録用のフリーソフトもあるにはあるだろうが、果たして何トラックまで重ねられるのか分からない。もしもそんな高度なソフトを使いこなせる知り合いがいるなら、ぜひとも腹を割って話したいものである。
そこで懐かしのガジェット、CDラジカセの出番だ。ご家庭の物置に眠っている彼らをCDと共に六つ集めて、一枚ずつセット。再生ボタンを同時に押してスタートさせれば、全てのパートがうまい具合にミックスされて、一つの曲として鑑賞できる、はずだ。
アイはそっとユーの方を窺った。
CAKEの一斉再生を話し合った際、ユーは気になる単語を口走ったのだ。曰く、「ミキシングソフト」と。
「でも、ユーもアイも、そんな古いもの良く知ってたよね~」
「ま、なんていうか……」
「いやぁ、ウチ、父さんが結構音楽好きでさぁ、家もこんな感じだし」
「アイんち、お父さん変わってるもんね~」
三人はキャンプ用のレジャーダイニングに座って、テーブルを囲む。その上には、既に二台のラジカセがドンと置かれていた。
髪をくしゃくしゃしながら笑うアイを横目に、ユーが切り出す。
「で、どうなの? ノゾミは」
「あぁ~それが……」
ノゾミは何やらバツの悪そうな顔。
「親に訊いたらさ~だいぶ前に捨てちゃったって……」
「あぁ、そっか……」
「マジかぁ……一気にラジカセ三台ゲットかと思ったんだけどなぁぁ」
「でもお爺ちゃん家ならあるかもってなって~」
「「えっ!?」」
――からの得意気な笑み。
「で、持って来た!」
「オォイ!!」
「それをさきにいえよー!!」
ドンと現れる、遅れてきたヒーロー感。二人はテーブルを叩いて立ち上がると、笑(わら)怒(いか)りつつノゾミを非難した。
「ゴメンゴメン!! でも、これでラジカセの方はあと半分だし良いじゃん! 問題はCDの方だよ」
「まーたしかにねー」
ユーはどっと座って頬杖をつく。
真鍮もしくは黄鉄鉱――パイライトとも呼ばれる――のメンバーは六人。
ギター&Vo./饗庭えじき
ベース/いおり
キーボード&Midi卓/姫Chaaan!
ドラム/マックス.com
ヴァイオリン&チェロ&ハーディガーディ/アレハンドロ(ハンド)
グラスハープ&オンドマルトノ/エレスチャル
その内、三人が見つけたのはマックス.comの担当したドラムのCDである。世界中に散っている残りのパートを集めるのは至難の業。それも、確実に全部集まると決まった訳ではない。さて、どうしたものか……アイはノゾミに尋ねる。
「なんか情報来てたりしないの?」
そのときだった。
ガレージと道の境に、複数の足音。
「CAKEのCD見つけたノゾミってあんた?」
変声したての少年の言葉は、随分堂々と、且つ生意気そうだ。
三人は素早くそちらに目を向ける。見かけない中学校の学ランに身を包んだ男子たち、四名が道端に立っていた。声の主はポケットに両手を突っ込んで、居丈高に立っている大将で間違いないだろう。四人ともそれぞれやんちゃそうな顔をしている。
ふと、大将がスクールバッグの中に手を入れる。
顔を出したのはCD。ジャケットはホールケーキの台紙の上に、ケーキ一切れ。表面はゼリーで覆われた洋ナシのコンポート。
「ユー、あれって……!」
「うん……!」
ストリングス担当、アレハンドロのCDである。一体どこで、どの様な経緯でそれを手に入れたのかは分からない。しかし、中学キッズの見せびらかしてくるそれは、紛れも無く三人の探すCDの一ピースに違いなかった。
「なっ、何? 誰なのアンタ達っ?」
ノゾミはまるでアニメの女主人公の如く、彼らに疑問を投げつけた。
「私達の事、何処で知ったの? どうしてここが……?」
アジトがばれたみたいな言い方である。
「さあな……! アンタのSNSが筒抜けなのが悪いんだぜ!」
あちらも中二病全開なセリフだ。だが、今気にするべきはそこではない。
ユーの顔が青褪めて、アイも全てを悟った。
「うわノゾミ、あんたまさか……っ!」
「位置情報オンかぁ、マジかぁぁ」
「えっ? ダメなの??」
女子高生たちの繰り広げるコントを目の当たりにして、中学生たちは寒そうな笑いを浮かべた。顔にありえねーと書いてある。
「言っとくけどな、このシリーズ全部見つけんの、俺らだから!」
「こっちにはホンモノがついてるからさ! なっ、いおり?」
口々にライバル心剥き出しの言葉を投げてくる。
しかし一番効いたのは最後の一言だ。
脳天を突き破るかと思う程、アイの心臓は……!!
「「ホッ、ホンモノ~!?」」
四人の中で一番小柄な……まだまだ繊細な体つきと見える少年に、大将は肩を組む。腕をドカッと乗せられた少年は、微笑んで「ん、まぁ」と一言発した。生きるのに苦労しそうな、影のある表情が印象的だった。
「まさか……ほんとうに、そのこが、いおりなの」
ユーは茫然と尋ねる。
「うん。コイツ、パイライトのメンバーなんだってよ!」
「自分からバラしたのか……!」
アイはようやく声を絞り出した。本当なのか……。あのロングスケールのベースを、こんな……。
「こ、こ、こんなに小さな中学生が、パイライトのメンバ~? しかもベ~ス!?」
ノゾミがアイの心中を代弁してくれた。こういう時、ノゾミはありがたい。
対する華奢な少年は、包み隠さぬノゾミの言葉にややムッとした様子だ。
「小さくて悪かったな」
「まー怒んなよ、いおり。相手がこの調子だったらさ、俺らの方が絶対先にCD集められるって」
どうやら本当らしい。
「ハ~!? 何それ~、私らと戦う気~?」
分かり易い挑発に乗ったノゾミは、最早止まらない止められない。劇場ゾーンに入っている。もうダメだ。もうダメである。
「よ~し分かった! そっちがその気なら勝負してあげる!」
「いいぜ~? どっちのチームが先に集めるか見ものだな!」
中学生たちは得意気に笑う。
「俺らにはまずこの一枚がある! アンタらも見た感じ一枚っぽいし、フェアなバトルができそうだな……!」
「望むところだ~!」
「じゃあな、楽しみにしてるぜ!!」
大将はそう捨て台詞を吐くと、行こうぜ、と仲間を促し帰って行った。
「……」
がらんとした静けさ。
残るのは嵐の後の……というよりも、むしろ千秋楽の寂寞か。
アイはいつの間にか立ち上がっていた腰をレジャーダイニングにそっと落ち着けた。そして同じく立ち上がって一歩前に踏み出していたノゾミの腕を引っ張り、一先ず座らせる。
深い溜息が三人を覆った。
「ノゾミ、バカだねぇ。なぁんで中二病丸出しの煽りに乗っちゃうかな」
「そうだよ、ポ○モンバトルじゃないんだから」
「いや~だって、相手は中学生だよ? あのまま言われっぱなしで、二人は嫌じゃないのっ?」
「だからって……!」
二度目の溜息を吐いて、アイはガレージの向こうへ目をやる……と。
「ん? いおり君?」
いつの間にか、いおりだという少年だけが戻ってきていた。彼はやや緊張しているらしい。澄ました顔をしてはいるが、ポケットの中に突っ込んだ手は、硬く握りしめられるのが分かった。
「……アンタらなんでCAKE聴こうと思ったワケ?」
子どもらしい、それでいてやけに落ち着いた声で問いかける。
なるほど、とアイは思う。プレーヤーとして単純に気になったのだろうか。あの不親切で、挑戦的な試みを求めてくれるのは、どんな人なのか。それを聞くためにわざわざ戻ってきたのか、と。
アイは息を吸い込んで――。
「ちょっと! 何時までもアンタたち呼ばわりしないでくれる? 私はノゾミ! こっちはアイ! こっちはユー! ちゃんと名前があるんだから!」
ノゾミに先を越された。
「分かったようるせーなぁ……んでどうなんだよ」
ポケットに手を突っ込み、足でアスファルトの小石をぐりぐりと弄るいおり。
そういえばノゾミは、どうやって真鍮もしくは黄鉄鉱の事を知ったのだろうか。
「わっ、私はただ! スマホで音楽をエンドレスで流してたら、偶然グローバル・トライフルがかかって……それで良いなって思っただけだよ! 後単純に面白そうだから!」
「へー意外。J-POPばっかり聴いてそうな顔してんのに」
いおりはやや感心して呟く。
「なっ、なんだとぅ!?」
「いやいやいやノゾミ、私初耳なんだけど」
「わたしもー」
アイもユーも口々に呟く。ノゾミはSNS内の流行に敏感で、長いものに巻かれやすいところがある。今回CDを探したいと言い出したのも、きっと話題の物にとりあえず参加してみたいとか、そんな所だろうと思っていたのだ。
きっかけや何故気になったのか、どの位好きなのかを纏まりなく口走るノゾミ。それを聞いたいおりは「あーそっかそっか、はいはい」と仕方なさそうな様子でぶった切る。その肩は幾分か脱力していた。
漸くタイミングが巡って来たらしい。
「いおり君、さ」
アイは尋ねる。
「逆に、いおり君は何でCD集めに加わったの? バレるの、嫌じゃない?」
それを聞いたいおりの表情はあっさりしたものである。
「別にー? 俺はただあのCDを聴きたいと思ってくれるのがどんな奴なのか気になっただけだし」
そう言って彼は、帰る方向へと足を向けた。
「もしアンタがメンバーだったとして、アンタは気になんないの?」
一言、残して。
【 つづく 】
最初のコメントを投稿しよう!