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四切れ
事の成り行きはこうだ。
CAKEの発表以来、しばらくログインしていなかったセッションSNSで、饗庭えじきはマックス.comに連絡を取った。
要件は勿論、姫Chaaan!のCDゲット情報についてだ。駅前広場で正体を明かす約束をしたのだ。……訂正しよう、約束していたのだ。
「いや~本当に悪かったよ~~でも会えて嬉しいよ、エジキ~~」
カフェ音(おん)空(えあ)の防音ブースで、マックスは力の抜けたフランクな英語を用い、ハッハッハッとワザとらしく笑った。頭に手をやるのがお茶目だったが、成人男性に対してお茶目という感想を抱いて良いものか、アイこと饗庭えじきは判断しかねた。
「改めて、初めましてマックス.com、饗庭えじきです。全くどぉいうミステイクなんだか」
えじきは簡単な英語でマックスに応えた。出会いがしらの際の態度とは打って変わって、アーティスト然としたシャキッとした笑顔である。が、その表情はすぐさま、女子高生の哀愁漂う苦笑いに変わってしまった。
マックス、『許して』のジェスチャーが止まらない。
「や~、実はキミの連絡より先に、ユーからここで会いたいって言われててさ。キミの指定場所もすぐそこの駅前だし、ひょっとすると、えじきとユーは凄く近いのかもって思って」
それ! と声を上げたのはユーこと姫Chaaan!である。
「よていどおりのまちあわせでうまくいってたら、あわよくばふたりぶんのじょうほうゲットして、そのままウチらにはだまってようとおもってたってことですよね?」
「……Well,多分そうなってただろうね!」
「スパイかよ、マックスゥ」
「ふつーにひどくないですかーー??」
姫Chaaan!のプンプンする横で、えじきは頬杖を付き、アイスコーヒーを肺活量のままに吸い尽くす。
一息で吸える量が尋常じゃない。
「まさかこんな事故するとは思ってなかったんだよ~本当に悪かった……ところで二人は、もう一人のfriendには正体を明かしていないのかい?」
「うん」
「あぁ、ノゾミはねぇ。まぁハブりたい訳じゃないんだけど、あの子SNSの使い方甘いからさぁ。あの時、あの場で私がえじきだって名乗っても、姫のためにもならないと思って……第一こんな事実、ピン付きで自慢でもされたらたまったもんじゃないし」
「ハハ、それもそうか」
「マックス、君だって笑ってる場合じゃないよ? すっごいヒヤヒヤしたんだからね。もし空リプとか送って来てたら、とんでもねぇ無遠慮なやつだと思って脱退するところだったよ!」
頬を膨らませて、えじきは言葉をぶん投げる。正直、ジョークとしてはギリギリのラインである。しかしマックスはだからこそなのだろうか、今度こそ大袈裟に笑った。
「そいつは危ない! いくらopenな僕でも、さすがに人のprivacyを暴く趣味はないよ」
「なら良かった」
「でも、ホントに……まだしんじられない、あたし……あのえじきが、こんなみぢかなところにいた、なんて」
姫の言葉に、マックスもえじきも深く頷いた。
パイライトのメンバーは、これで四人も判明したわけだ。それも一気に。案外、残りの二人も近くにいたりして……とも思ったが、それは流石に出来過ぎだろうなと、えじきは思う。それに、今はユーが姫だという事実に、もっと長く浸っていたかった。
姫のシンセサイザーは、えじきの作る旋律を絵画にしてくれる。色と情景を、細部まで描きこんでくれるのだ。えじきは音の変貌する様が好きだ。そこが堪らない。
「私も……」
言葉は種々渦巻いたが、えじきは凝縮された一滴だけをやっと絞り出した。
……と、今日話したいことはそれだけではない。
「そうそう、マックス、一つ訊かせて欲しい事があるんだった」
えじきは話題を替え、質問したかった要件を投げかける。
「いおりに誘われたのもあるとは思うんだけど、その……シルバアさんの事、どれ位知ってる?」
シルバアさん。
その名前に、姫もハッとした。
「Silver-sanね……」
マックスは腕を組んで背もたれに体重を預ける。
実はCDのリリース後に、その人は「日本が呼んでる。本物のアーティスト、えじきたちに会いに行く」と発言していたのだ。それに引っ張られて、マックスも来日を決めたのだという。
シルバアさんというのは、パイライトのメンバーを招集した張本人だ。アカウントのマイページに「音楽大好きグランマ」と書かれていたため、妙齢の女性なのでは、と推測される。割と日本が好きらしく、銀、つまり「シルバー」とお婆さんの「婆」を掛けるというダジャレ的なネーミングで活動していた。
元々バラバラに活動していた六人は、このシルバアさんの生み出す主旋律に惹かれてセッションする様になった。なんてことのない音、でも、シンプルで妙にカッコいい。加えて、作品世界の構築を助ける僅かな詩……。しかしシルバアさんは表に出ようとせず、あくまでアイディアの提供とプロデュースに努めた。見えざる七人目のメンバーと言うことができるだろう。
「確かに、彼女は僕らにすごく会いたがってたよね。でも、残念だけど僕も彼女のことは詳しく知らないんだ。初期にやり取りして以降は、全く音沙汰ないし……」
「そか」
「ねえ、エレスチャルさんとハンドさんは、なんかしらないかな?」
「うぅん……エレスチャルとハンドかぁ」
姫の言葉に、えじきは腕を組む。
ストリングス担当のアレハンドロと、マイナー楽器担当のエレスチャル。二人は今どうしているだろう。そろそろ新作を作りたくなってくる頃だ。現リーダーであるえじきの招集に、乗ってくれるだろうか。
「あ、僕の勘だけど、多分二人も日本に来るよ」
「「なんで!?」」
「Silver-sanのJapan発言もあるからね。それに……」
マックスは一度言葉を切る。
それからつと、視線を滑らせた。えじきの方へ。
「僕らみんな、エジキのguitar tech.とvocalには本当に感動してるんだよ」
えじきを食い入る様な眼差しで見て、言う。
「みんな、キミに会いにやって来るよ」
爽やかな友愛の声に、姫も強く頷く。
褒められた……。
「……!」
えじきは言葉も出せずに、二人を見比べる。
不意を突かれた。
お互い顔も知らなかったはずのメンバーから、面と向かってそこまで嬉しいことを言われると思っていなかった……それも今日! ずっとみんなのことを尊敬していた。だが、いざ会って本当に自分を良き同志であり、良き友人であると思ってもらえるのか……。それを確かめるのは恐かった。
たった今を以て、恐れは捨て去るものとなる。
えじきは俯いて照れを逃がす他無かった。
照り返しを受けて姫はしばらく笑っていたが、やがて笑いが治まると「そうだ」とつぶやき身を乗り出した。
「ねぇマックス、ウチら、こうしてめんとむかってはなしあえて、うちとけたでしょ? こうなったらさ、みんなでいっしょに……」
が、大きな掌は遮る。
「Oh……ヒメ、悪いけど、それはできないな。僕はイオリの方に付いてくよ」
マックスは非常に残念そうに、しかし大層爽やかに協力体制を断った。
こういう時、揃って驚くのがえじきと姫である。しかしどうして?
「だって、collection battle楽しそうだし!」
「「そこかよ!!」」
カフェでの邂逅後、数日間かけて、両陣営は情報収集に徹した。
マックスはいおりにのみメンバーを明し、いおりを担いでいる他の中学生には何も伝えていないらしかった。マックスでさえ、ただCDを持って結託を申し出てきた普通の外国人、ということになっているという。「えじき」がアイで、「姫Chaaan!」がユー、という事実も伏せられている。
CDが二枚になったことで、男子生徒たちは優越感に沸いていた。
ラジカセも、いおりの祖父の物と中古ショップの物を併せ、既に六台。中古の五台分はマックスが購入。彼はベンチャーのSEで稼いでいる大人だ。さすが、財力が違う。
「んんんんん! 相手にとって不足無しって感じィ~~?」
学校の昼休み、鼻息も荒くスマホにのめり込むノゾミ。そんな敵陣の目標達成率を、何で得ているのか……。えじきは――つまりアイだが――お茶を飲みながら彼女の画面を覗き込む。一言、うわぁ、と。
「ノゾミ、いつの間に中学生たちとライン交換してたん……?」
「わー、めっちゃあおられてるね!」
別クラスのユー――姫Chaaan!だ――もやって来て画面を一瞥する。
内容は、「もう二枚のCD合わせて聴いてるから~」という優越感に満ちた動画。ノゾミは足をバタバタさせた。中学生からの煽りに乗せられるノゾミにやや呆れつつ、えじきは弁当を食べ始める。
「んぐぅぅぅ悔しいよおぉぉぉぉ!」
「ノゾミ声デカイよ」
「すごい、みんなのしせんがいたい。なんとかして、フツーにおひるたべて、おねがい」
「何とかして欲しいのはこっちだよ! もうっ!!」
ノゾミの声は余計に大きくなる。
「金銭に余裕のある大人を味方に付けて、もうラジカセ揃えちゃってるんだよ? そりゃあ私だって、多少はお小遣いを多めに賜ってる女子高生ではあるけれども、このお金はCDを買う為の軍資金であって、ユーズド品をポンポンとは買えないよ~~」
教室の生徒たちが、ノゾミ懊悩劇場を肴にお昼をいただく……。ここ最近クラスで形成されている、微笑ましい光景だ。そもそもノゾミは、言動がやたらと大きい。彼女の若干オタクっぽい言動は、割と同学年の間では有名であり、オモシロ女子のポジションを得て久しい。今回は『真鍮もしくは黄鉄鉱』というインディーズバンドのレアCDを求めて四苦八苦しているのだ、と、この教室の誰もが知っていた。
それは同時に、同級生たちにバンドについての基礎知識が何となく広まることにも繋がる。ひいては饗庭えじきや姫Chaaan!という人物の存在にもである。
「ね~アイ何か彼奴らに勝る様な情報掴んでないの~? ユーは~?」
「いや物乞い感すごいなアンタ!」
えじきは腕に縋ってくるノゾミにツッコミを入れる。ついでに彼奴らっていつの時代だよ、との追い討ちもかけておく。「そりゃ探してはいるけどぉ」と言いはするが、その実、本当に探しているのはハンドとエレスチャルである。
ふと、玄米パンのサンドイッチを食べていた姫が、「ん!?」と声を上げた。
「……どした、ユー?」
えじきは極めて慎重に、アイとして彼女に尋ねた。
「えっ、うーん……や、たぶんこれかんけい」
ないから、と言いかけた姫の言葉を
「えっっ何なにナニちょっと」
ノゾミが遮る。そして、姫のスマホをグイッと自分に向ける。
その画面には、どこか見晴らしの良い場所で、CAKEのCD二枚を写した写真がのっていた。発信者の名前は「脳みその絵文字」が三つ並んでいるだけで、In Japanの一言付きである。タグは、#Pyrite #CAKE等の他に#silver-sanというタグも混ざっていた。
えじきの心臓はドンと大きく鳴った。
それは姫もかもしれない。
一枚はベイクドチーズケーキで、これはベースのものだ。もう一枚はアップルパイ……に見えるが、実はミートパイである。パイ生地の精巧な編み込みが素敵な一品。こちらはオンドマルトノとグラスハープのCDだ。
「も~ユーったら、これのどこが関係無いって~? も~」
あはは、と笑って姫の頬をぷにっとつつくノゾミ。姫も釣られて「えへ」と笑う。
「って、ねえ待ってユー!! ここ良く見たら都内じゃね!?」
「えー? それは……いくらなんでもできすぎじゃ」
「ははっ、ノゾミぃ、CD欲しさに空目かよぉ?」
えじきはそう笑いながら、写真の背景を見た。しかし言われてみれば、確かに展望台の様子がそれっぽい。マジか。本当なのか。だとしたらどうしよう。投稿時間は今朝だ。
バスドラはえじきの体外に漏れてやしないだろうか。
次の瞬間、ノゾミは俄かにチョコメロンパンを一気食いした。そして口元をグイッと拭い、立ち上がる。
「こうしちゃいられない! 私この二人に会ってくるっ!!」
「「はぁっ???」」
えじきは一口スパゲッティを吹きそうになる。だが、ノゾミから目は離せずとも、昼飯を食べる手は止めなかった。そこだけは冷静だった。正確な場所なんて断定できない。何を言っているんだ、その一心で瞳でノゾミを見つめた。
彼女は友が動く気配を見せないのを察して、スマホだけを手に教室のドアに手を掛ける。
「何してんの急がないと! 早く行って、協力してもらえる様に会ってみようよ!」
「いや、でもノゾミ、今ウチら学校……」
「もしかしたら、あの中学生たちに付いてるマックスさんが、日中にその人を説得して、先に協力体制を取り付けちゃうかもしれないんだよ? ……私、このまま負けっぱなしはイヤ!!」
そう言うと、誰の制止も聞かずに走り出した。
えじきと姫は、クラス中のドラマっぽいシチュエーションを期待する視線に負けて、派手にノゾミの後を追いかけることになった。
正直、#silver-sanの名前がある以上、今ノゾミと一緒には動きたくなかった。
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