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一切れ
「ね~二人とも~、CDあった~?」
「なーい」
「ないねぇ」
ショッピングモールの中のCDショップで、三人の女子高生が、目当てのCDを探していた。『真鍮もしくは黄鉄鉱』というバンドのリリースした、最新の実験作にして問題作。
CDの銘を『CAKE』という。
三人の女子高生は――ノゾミがアイとユーを付き合わせて――編成以外は正体不明だという覆面バンドの新作を手に入れる為に、連日あちこちのCD屋を巡っている。のだが、幾ら血眼になっても見つかる予感はしなかった。
そりゃそうだ、とアイは心中に零す。
ネット上で人気を博し、知る人ぞ知るバンドだ。ファンは世界のそこかしこに散らばっており、特定の国で特に人気! という傾向は一切ないと言っていい。『CAKE』は本当に特殊な作品で、600枚しか作られていないのだ。しかもそれを、ポツネンと点在するグローバルなファンに向けて届けよう、というのだから大変である。ファンたちは日夜、SNSで目撃の噂や購入情報を交わし合い、都市のど真ん中から辺境の小店舗まで出向いて、出し抜いたり出し抜かれたりしている。
こんなベッドタウンの複合施設にあるかも知れない、と考えるのがそもそも間違いなのだ。あってもどうせ東京都内だろう。
一枚一枚指を掛けて引き出すノゾミを尻目に、彼女は適当に探すフリをして最新のランキングをチェックする。どいつもこいつも聴く前からつまらなそうな作品ばかりだ。
背後に視線を感じて、ユーの方を見る。彼女は一瞬、目を逸らそうか迷ったらしい。しかし女子らしからぬ隠しツーブロックに、前髪もバッサリ短い彼女はどうしたって視線を隠すのが難しい。結果、何とも言えない微妙な笑みを浮かべてアイを見つめたので、アイもまた、ユーに良く分からない微笑を返すことになった。
ノゾミはまだ諦めずに、インディーズのCの並びを再確認していた。遠くの棚にいても、彼女のお団子は高くて大きい為、どこにいても大体すぐ分かる。
「ねぇユー。もし、CDがあったとしてさ、どのパァトのがあると思う……?」
「えっ」
アイはインストのコーナーに目を移しながら、ユーに尋ねた。
「どのパァトのCDが聴いてみたい?」
「……そういうアイは、どれがききたいん?」
「んー」
「はいっ! そこ! お喋りしないっ!」
ノゾミが引っ張る系主人公よろしく介入。
「ちな私は断然ギターパートのだな~! だって饗庭(あいば)えじきだよ? まず名前がヤバい。コーラスの声的に断然女だと思うんだけど、どんな人なのか超気になる~!! ユーはどう? アイは?」
はい、と掌を差し向けられたユー。えぇー、と困惑しながらも、彼女は恐る恐る――やけに慎重に――希望を述べた。
「あたしは、ストリングス担当の……ハンドさん? かなー」
「へぇ、あぁでも確かに気になるかも」
「アイは?」
二人の視線が注がれる。アイはやや緊張してショートボブをくしゃくしゃさせながら、
「エレスチャルさんのパァトのCDが気になる、かなぁ。オンドマルトノが気になり過ぎる」
そう言って言葉を切った。
「あーたしかにー」
「でもさ、良く考えると変な企画だよねー、CAKEって。だって六人編成の各パートを、バラバラに録音して世界中に散らばらせちゃったんだよ? スポンジケーキを重ねるみたいに、全部のパートが揃った時だけ、CAKEの全貌が明らかになるー、なんて……!」
ノゾミは大袈裟な手振りで、宝探しの情熱を二人に語る。
語りつつ、彼女は棚のチェックにブーンと舞い戻っていく。
ブン、と揺れるお団子の丸を見て、ユーの腹筋が震えていた。七つ集めると願いの叶う宝珠でも連想したに違いない。尤も、確かにCDは丸いが六枚だし、特に集めた所で龍が出現する訳でもなし。願いを叶えてくれる訳でもなし。
アイは、口を開きかけた。
ユー、本当はさぁ――。
「あっ」
デカイ声が響き渡った。テナントの外の人にまで届いたらしく、注目はノゾミに注がれる。
「あった~~!!」
ノゾミは高校生特有の世界名作劇場に浸り切ったまま、同じ劇場の共有者たるアイとユーの元へ、ワンコの様に走り込んできた。
「うっそ、マジかよ……っ!!」
「いやいやいや、ぜったい見まちがいっしょ」
そう言う二人の目に飛び込んで来たのは、確かに『CAKE』のジャケットだった。
ホールケーキの残り一片。六ピースに切り分けられた残りの五片は、台紙に跡を残すのみである。宝石然としたチョコレートの艶に、キウイフルーツの煌めき。
これはドラムパートだなぁ、とアイは思った。
ノゾミは早速写メってSNSにアップしていた。
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