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□ 「あのさ…ねぇ、もしもーし」 あたしは心底重大な雰囲気を出して、話をしていた。 しかし男はひんやりとした木々の影に身体を預け、すうすうと寝息をたてている。ものの数分で寝落ちた。なんだこの男。 「…ふつう初対面で、寝るか?」 人は安心安全を覚えたら寝る。それは自分を脅かす存在がそこにいないからだ。そしてつまらない講義や話はその倍の速さで寝る。それは自分にとってまったく興味のないことだからだ。 あたしは読んでいた日刊新聞を静かに丸め込む。 大きく振り上げてみると、黒い瞳がパチッと開き、こちらを見ていた。 「いきなりなにがしたい……」 「いや、まさか起きてないのかと思いまして」 丸めた新聞が男の頭頂部にキマることはなかった。 「話くらい付き合ってくれませんかね」 「独り言を言ってるのかと思った」 ひ、独り言……。 これは精神的に結構きた。 男は眠そうな目を軽くこすりながら、鬱陶しそうにばきぼきと肩の骨を鳴らしている。 しかし初対面だとは思うが、顔は見たことあるくらいの関係であってほしかった。 「一応、あなたとたまに講義が被ってるんだけど」 「……。」 「……魔法史とヴィスタシア魔法学院史の科目」 「……。」 「ちょうどあなたの前の前の前の前の席」 「……。」 「エメライン=ナッシュ」 「……。」 まるであたしはいないかのように反応がない。 あーむりだ。ちくしょう。まどろっこしい。 「あんた……夜に、一人で何をしているの」 やっと、切れ長の黒い目が伏し目がちに視線だけをあたしによこす。木陰のせいか、その顔は若干薄暗い。 「…何か思うところはみたいね」 あたしは、目を見れば、分かる。 少しの間、沈黙した。だが、あたしの引き下がらない様子を確認すると、彼は大きなため息をついた。そして講義で見かけるようないつもの寡黙な顔が、じっとこちらを見つめる。 「いったい何なんだ、さっきから」 男、ユーゴ=ベルの声音には、少し鬱陶しさを含んでいた。
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