15人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
1
□
「あのさ…ねぇ、もしもーし」
あたしは心底重大な雰囲気を出して、話をしていた。
しかし男はひんやりとした木々の影に身体を預け、すうすうと寝息をたてている。ものの数分で寝落ちた。なんだこの男。
「…ふつう初対面で、寝るか?」
人は安心安全を覚えたら寝る。それは自分を脅かす存在がそこにいないからだ。そしてつまらない講義や話はその倍の速さで寝る。それは自分にとってまったく興味のないことだからだ。
あたしは読んでいた日刊新聞を静かに丸め込む。
大きく振り上げてみると、黒い瞳がパチッと開き、こちらを見ていた。
「いきなりなにがしたい……」
「いや、まさか起きてないのかと思いまして」
丸めた新聞が男の頭頂部にキマることはなかった。
「話くらい付き合ってくれませんかね」
「独り言を言ってるのかと思った」
ひ、独り言……。
これは精神的に結構きた。
男は眠そうな目を軽くこすりながら、鬱陶しそうにばきぼきと肩の骨を鳴らしている。
しかし初対面だとは思うが、顔は見たことあるくらいの関係であってほしかった。
「一応、あなたとたまに講義が被ってるんだけど」
「……。」
「……魔法史とヴィスタシア魔法学院史の科目」
「……。」
「ちょうどあなたの前の前の前の前の席」
「……。」
「エメライン=ナッシュ」
「……。」
まるであたしはいないかのように反応がない。
あーむりだ。ちくしょう。まどろっこしい。
「あんた……夜に、一人で何をしているの」
やっと、切れ長の黒い目が伏し目がちに視線だけをあたしによこす。木陰のせいか、その顔は若干薄暗い。
「…何か思うところはみたいね」
あたしは、目を見れば、分かる。
少しの間、沈黙した。だが、あたしの引き下がらない様子を確認すると、彼は大きなため息をついた。そして講義で見かけるようないつもの寡黙な顔が、じっとこちらを見つめる。
「いったい何なんだ、さっきから」
男、ユーゴ=ベルの声音には、少し鬱陶しさを含んでいた。
最初のコメントを投稿しよう!