水に揺れる赤い尾

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水に揺れる赤い尾

  茜の視界の端で、赤いものがヒラヒラと揺れている。その瞬間に、パシャっと水を叩く音がした。丸い金魚鉢の真っ赤な金魚が、勢いよく跳ねたのだろう。しかしそれは開け放された窓からなだれ込んでくるような蝉の声に掻き消されてしまった。それで茜の集中力が切れる。 「やんなっちゃうなぁ」  茜はそう言うと、持っている本を乱暴に放り投げた。少しばかり風圧でページが翻ったが、特に折り曲がることもなく畳へと綺麗に着地した。そして茜自身も、埃っぽいその上に大の字に寝転がる。髪を一つに束ねた結び目が痛くて、茜はゴムを外した。それを自分の右腕に通す。  そこは見上げれば、本ばかりがある部屋だった。平屋建ての一番日の当たらない部屋。そこが茜の大叔父、つまり祖父の弟に当たる人の部屋だ。数ヶ月前に大往生の末に亡くなった故人である。死ぬまで独身だったらしく、茜の祖父の家に居候の身だったらしい。  そこで残ったのがこの部屋。茜の祖父もなかなか高齢で、重い荷物なんて片付けられそうもない。そこでなぜか白羽の矢が立ったのが茜だったというわけだ。 「あんた、本好きでしょ。部屋によくわかんない小説いっぱいあるじゃない。気に入ったのあったら、持ってっていいから。いいじゃない、大学は夏休みで、日がな一日ゴロゴロしてるんだから」  母親にそう言われ、抗議する間もなく車に乗せられてしまう。そこで茜は自分の細い腕を見せ、力仕事などできないと片道一時間の道中で訴えた。しかしそれで納得する母親ではなく、有無を言わせずに祖父の家へと連れて行かれてしまった。  そうして茜だけを下ろすと、自分は買い物があるからと一人だけ帰ってしまう。今日は老人会で祖父はおらず、鍵を預かっているという。 「晩ごはん前には迎えに来るから」  それだけを言い残すと、茜は誰もいないこの家に置いていかれてしまったのだ。 「私が好きなのはBLなんだけどなぁ……」  それを母親に言えるわけもなく、茜は一つ大きくため息を吐く。そうして誰にともなく愚痴を吐き、少しだが気が済んだので作業を再開する。  どうせ終わらなければまた連れてこられるのは茜なのだ。そう自分に言い聞かせ、上半身を起こして大きく伸びをした。そうして肩まである髪をポニーテールに結び直し、天井まである本棚の中身を床に移し始めた。  どうやら大叔父は小説の類は読まなかったらしく、並んでいるのは小難しい専門書やら、自己啓発の本ばかり。妄想の足しにもなりはしない。茜は隠しもせずに舌打ちをした。そうして本をすべて床に置き、ビニール紐で大きさごとに括る。そうして空になった本棚を見上げ、まだ力仕事が残っていることにげんなりした。この本棚も解体しなければいけない。
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