先輩と彼氏さん

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それから数か月して、二人は無事にシンガポールへと飛び立った。 先輩はそれからも度々、出張って形で日本に戻って来てたけど、彼氏さんはずっと向こうに行ったきりで。帰国せよって辞令が下るタイミングで、先輩は外資系企業にヘッドハンティングされてあっさりと転職。二人は日本からさらに遠く離れたロンドンへ行ってしまった。 彼氏さんはその少し前に一流ブランドのファッションショーで手掛けた映像のインスタレーションとか、有名なDJがフェスに出た時の演出なんかが話題となっていて、いよいよ活動の拠点をヨーロッパに移そうか、と考えていたらしい。先輩の“彼氏さんファースト”の姿勢は揺ぎなかった。 ロンドンに越した彼氏さんは毎年、冬になると赤いチェック柄の箱で有名なショートブレッドをいくつも送ってくれる。これ、近所のコンビニにも売ってるけど…女王様の写真付きの缶とか笑えるし、職場で配れるからいいか、とありがたく受け取ってる。 彼氏さんがこんな風に菓子を送ってくれるのがなぜかと言えば、俺が真心(と先輩への謝罪の意)を込めて、彼氏さんが好きな棒ラーメンをセットで贈っているから。家事の苦手な彼氏さんは相変わらず、カレーとラーメンを茹でるくらいしかできないらしい。 ショートブレッドの缶と、段ボールの箱の中に必ず入っている、かわいい字で書かれたお礼の手紙を、俺は大事にとってある。日本にいる間、一途で、どっか危なっかしくって、拗ねた顔まで美人な彼氏さんを見守り続けたけど。何なら目くるめく禁断の世界まで覗いちゃったけど。こうやって離ればなれになってしまった今になって、思うんだ。何だかんだ言って、俺は彼氏さんに恋をしていたのかもしれないなぁ、って。テーブルにこぼれたショートブレッドのかけらは、甘くてちょっと、しょっぱかった。
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