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 レイはケイを背負い少し歩いては一休みを繰り返して集落を目指していた。  ことの成り行きはケイのドジだった。クローバー探しに夢中になったケイが湿った倒木に片足をかけて跨ごうとした結果、足を滑らせて捻挫したのだった。 「レイくん、雨……降ってきちゃったね」  ケイの声は珍しくしょげかえっていた。  見上げると、広葉樹の青葉の隙間から雨粒がポツポツと滴ってきた。ゴロゴロと雷まで鳴っている。  それでも雨が降り出すまでは「レイくんが協力してくれないからいけないんだからね」だとか、「レイくんなんて絶対に嫌いなんだから。レイくんの所為なんだからね」だとか、背中で散々文句を垂れていたから始末に負えなかった。 「ケイ、ちょっと休も」  ケイを下ろすと、ケイは獣道に露出した岩に腰掛けて黙って下を向いてしまった。足元では、名の通り胸部が赤く染まったムネアカアリの隊列がせかせかとレイたちの前を横切り巣穴を目指していた。  ケイは痛くない方の足でアリの隊列を蹴飛ばして無言で虐めている。しょげていてもやっぱりケイはケイだなと、レイは心の中で思った。  数分休憩し再び歩き出すと樹々の枝葉を叩き折らんばかりに篠突く雨が轟音となって襲ってきた。 「レイくん先帰ってていいよっ。お母さんに怒られちゃうよっ。ケイ、ゆっくりだったら歩けるから!」  ケイが思いつめたように背中越しで叫んできた。レイにはケイが危惧している事がわかった。この先を流れるせせらぎが雨で増水して渡れなくなってしまうことを案じているに違いなかった。  アリんこを無駄に虐めるケイでも本心は思いやりがあって優しいことをレイは知っている。  レイは息を乱しながらも歩き続けた。走れば数分と掛からないそこがやけに遠い。首に巻き付いたケイの腕にギュッと力が入るのを感じた。  豪雨は下りの獣道を滝に変えていた。流れくだる泥でまったく思うように歩けなかった。レイは数歩脇にそれて藪の中を歩いた。笹が進路を妨害したが、それが滑り止め替わりになって幾分増しだった。  レイはもう休まなかった。子供心にせせらぎを渡れずに迎える夜の危険性を理解していた。  雨が降り止めば、この季節スズメバチだって、マムシだって、稀にだがクマだって出る。夏だけれどずぶ濡れで迎える夜は寒い。なによりも闇に包まれれば、いくら慣れ親しんだ山だとはいえ遭難する可能性だってある。  それに、このまま降り止まなければ――。
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