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見えた。あそこだ!
豪雨で霞む視界の先、一段窪んだ暗がりの線。間違いない、せせらぎが流れていた場所だ。その線に沿って何かが蠢いている。
「あっ、すごい!」
暗がりの線を指差してケイの声が弾ける。
その一瞬、ボトボトと降り殴っていた雨音がゴクッと生唾を飲む音に変わる。溺れるほどの雨の中、レイは喉の渇きを覚えた。
川幅が何倍にもなっている。もはやケイを背負って飛び越えるなど不可能だった。
川の縁に立つ。いつか絵本で見た竜の鱗のようなささくれ立った蠢き。
いったんケイを降ろすとケイがギュッと手を握ってきた。レイもギュッと握り返した。
「レイくんどうしよう……」
レイは曖昧に頷くしかできなかった。最善の方法は、どこか渡れそうな場所を探して大人を呼びに行くことだろう。それぐらいのことは子供のレイにだってわかる。
レイが躊躇っているとケイが不安げに見つめてきた。怯えの色が瞳に大きく滲んでいる。
「渡ろう」
レイは決心した。ケイを独り置き去りにして行くなど考えられない。
「へっちゃらだよ」
不思議と無事に渡れるように思えた。それが事も無げな言葉となって自然に出てきた。ケイも意を決したのかこっくりと頷いた。
ケイを背負うとき捻った足が痛んだのか「うっ」とケイは呻いていた。レイが心配するとケイはぜんぜんと言って首を横に振った。レイは呆れた。
「なんだよ。こんなときまで強がってら」
「強がってないもん」
「すぐ尖る。とんがりっ子はお母さん嫌われるっていってたよ」
「嘘だ。ケイとんがってないっ」
「ケイ、もう渡るよ」
「……」
拗ねたのか、ケイからの返事はない。それでもレイは普段のケイが垣間見えて嬉しかった。やっぱりいつものケイが一番だ、レイはそう思った。
ひとつ吐息を吐いて、レイは慎重に足を踏み入れるタイミングを計った。だがいざとなると、濁流と化して底が見えないだけに眠っていた不安が一気に寝覚めてきた。辺りは雨雲の所為なのかそれとも時なのか、暗さを増している。
「ごめんね……ケイがドジだったから。ほんとはそう言いたかったの」
「わかってるやい」
レイはケイを支える腕に力を籠めた。絶対にケイを連れて帰るんだ。気持ちが濁流を渡る不安をどこかに薄れさせていった。
レイは濁流に片足を入れた。堆積した落葉や小枝の蠢く感触がもぞもぞと伝わってきたが、さほど問題ではなかった。レイはこれならいけると思った。
「行けそう?」
レイは「うん」と頷いた。
「よかった」とケイがホッとしたように言った。
刹那だった。
濁流に入れた足が大きく揺ぎ、抗えぬ力がレイを襲った。
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