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 ケイの切実な声が辺りに溢れると、途端、吹き荒れていた風がピタッと止んだ。風に揺さぶられていた樹々の枝葉も合わせるように協奏を止め静寂になった。ぶ厚かった雲は急速に薄れ、切れ間から薄日が覗いた。   そのとき、声は聞こえてきた。  ――気付けなくてもいい?それがお前のそれ相応のモノなんだな?   ケイは上空を見上げ瞬きした。いつかお母さんから引っ越すと聞かされて、丘の上まで泣きながら走って行ったとき「私を探しなさい」と聞こえてきた女性的な声とは違った。  耳鳴りなんかじゃない。心に染み入るようにケイははっきりと聞いた。けれどそれは一過性で風のように瞬く間に消え二度と聞こえてはこなかった。   再び風が戻って来た。  風は突風だった。  濁流の向こう岸からケイに向かって吹く強風だった。風はケイを真後ろに吹き飛ばして尻もちをつかせると山の奥の更に奥深くに駆け足で消えて行った。  それはこの日最後の風だった。  風が治まると辺りに日差しが溢れた。  燃えるような色に染まったそれは夕日だった。  ケイは歩き出した。  レイに背負われて下って来た獣道を引き返して行った。獣道は頂上へ向かっての真っ直ぐ伸びた道だった。その頂で道しるべの北極星のように、憂うような表情の真っ赤な太陽が顔を覗かせていた。  ケイは足を引きずりながら一歩一歩確実に進んだ。進みながらもケイは何度も何度も声を聞いていた。  ――ケイちゃん、私を探しなさい。私を探すの。頂であなたを待っているわ。  その声に誘われるように、ケイは声がする方へ太陽に向かって歩き続けた。
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