8

1/2
前へ
/207ページ
次へ

8

 不思議な体験だった。高校生になった今も風に耳を澄ますと思い出す。  ケイと五つ葉のクローバーを探しに入った裏山、捻挫したケイをおぶった帰り道、濁流に呑まれた。それからことだった。  どれぐらい流されたのか、もうこのまま死ぬのかな、なんて朦朧とする意識のなか思っていると、衝撃が走った。臍を中心にして上手いこと体が倒木に引っかかっていた。  岸に這い上がってからも濁流を飲んだ所為で呼吸がままならなかった。暫くはその場で咽ていた。  呼吸がいくらか出来るようになるとケイが傍にいないことに気付いた。五感のすべてが痺れて、心臓が止まったのを覚えている。 「ケイッ、ケイッ」  必死に叫んだ。  しかし帰ってきた声は、上空をビュービューと吹く風の音だけだった。それに反し森の中は静まり返っていた。きっとケイはもっと川下に流されてしまったんだ、そう思った。 「ケイッ!」  もう一度だけ叫んで、濁流に飛び込もうとした時だった。静まり返っていたはずの森の中で突風が吹いた。  体がふわりと浮いて気付けば後ろに飛ばされていた。まるで誰かにこっちに来るなと怒鳴られたみたいだった。  呆然とし腰を抜かしていた。雲の切れ間から光が射してだんだんと辺りが夕日色に染まっていく。森の中がこれ以上ないぐらいに夕日色で溢れる頃、声が聞こえてきた。  ――レイくん、見つけたよ。早く、早く来てっ。  気付けば這いつくばるようにして山頂を目指していた。なぜ山頂を目指したのかはわからない。きっと聞こえてきた声も、空耳だったのだと思う。ただ、ケイがそこにいる、そう信じて疑わなかった。  山頂に着くと、ケイがいた。  ケイは神々しいまでに光に溢れていた。西日に照らされて、ケイの顔は真っ赤に染まっていた。まるで太陽のようだった。  ケイは泣いていた。嬉し涙だったのかもしれない。だって右手には大切そうに五つ葉のクローバーを握っていたから。 「見つけたよ。しかもね、二つもあったの。一つはレイくんのだからね。これでずっと、気付けなくても側にいれるんだから」  あの日のケイの言葉を、忘れるなんてきっと出来やしない。気付けなくても――それがどういうことなのか終ぞケイは言わなかった。  ただ、ケイは言ったんだ。絶対にケイを見つけてねって。あたり前じゃんか――笑いながらそう返したのは、またいつだって会えると思って疑わなかったからだ。
/207ページ

最初のコメントを投稿しよう!

59人が本棚に入れています
本棚に追加