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ベッド脇の小机に、黄色の厚紙が置いてあった。
覚えがある。山峡の集落をケイが引っ越していく前日に、ケイと一緒に作った五つ葉のクローバーを挿ませた栞だった。
栞にクローバーは挟まってはいなかった。かわりに厚紙には、蚯蚓ののたくったような字で書きなぐる言葉があった。
***
レイくん、寝覚めたとき思ったよ。レイくんがケイの為に願ってくれたんだって。
だからケイも願うの――甲子園、行ってきて。そしたらいつまでもレイくんを照らす太陽となって、一緒にいられるんだから。
***
ズキンズキンと痛む頭部を押さえながら礼二は崩れ落ちた。景子の声が、ケイの声が、頭痛と共に走馬灯となって溢れてきた。
――レイくん、風の神様の物語、知ってる?昨日お母さんに教えてもらったの。そしたらね、そしたらねっ、すっごいんだよ。どんな願い事でもたちどころに叶っちゃうんだって。だからいまから五つ葉のクローバー、探しに行こ。
「ケイ、俺、約束守るから。甲子園行って、最後のアウトの瞬間、必ずみんなで笑うから。そしたら、そしたら――」
葉片を握った拳に涙が滴り落ちても、もはや風は吹かなかった。
ただ、景子の手には、その指先には、茎だけになったクローバーが、大切そうに握られていた。
完
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