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「やれやれね……」
景子はボールに話し掛けるように呟くと、一度ロージンバッグに手をやり投球モーションに入った。
次の瞬間、アンダースローから放たれたボールが真介が構えるミットに寸分くるわず収まる。審判がストライクのコールを告げると相手ベンチと殆ど誰もいないが僅かに観客がいる内野席からオォーという低い歓声が起こった。
この歓声を聞くたびに自然に眉間に皺が寄る。女子だからだと思って明らかに馬鹿にしている。
真介がボールを返球しながら涼し気に笑ってきた。気にしない、実力は景子ちゃんの方が上だから、とでも言いたいのだと思う。
わかっている。
けれど……。
ベンチのマリヤと視線が合う。
記録用紙が挟まったバインダーと右手にはフリクション。マリヤが抱えているそれは普段の景子の道具だ。
マネージャー、それがやりたくて野球部に入部したわけではない。
景子は2球目を投じた。
右打者の外角低めコーナーギリギリに伸びのあるストレートが決まり、ツーストライク。相手バッターはピクリとも動けない。
打席に入ったときにはニヤついていた口元も、今は引き締まっている。景子の球にはスピードはないが、キレとコントロールがある。
けれど……、その武器が何の意味を持つのだろう。
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