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「こんなクソ試合観て楽しいっすか?」  サングラスの中で視線を走らせて、小柳杏里(こやなぎあんり)はタカシの横っ面を見た。目の端に映る金髪が煩わしい。その金髪を毟り取りたい衝動に駆られる。  マウンドには、同学年の……名前はたしか、望月景子(もちづきけいこ)が立っている。中学生の時分には投手として東地区の代表に選出されたとかの男勝り。マネージャーなのか選手なのかハッキリしない女。  ハッキリ言って、煩わしい。 「……」 「シカトですか。相変わらずつれねえよなぁ」  タカシが一つ大きな欠伸をした。  その欠伸も煩わしい。  ガラ空きの喉をかき切ってやろうか?  杏里はいつものようにジャケットのポケットの中でそれを弄んだ。中学生の頃、自分の心を守るために買った、護身用で、二つ折りのそれ。  それを強く握ると、見えてくる景色がある。  そこは常に赤い。  地べたに倒れた妹の影。  その傍ら、更に暗い所で咲く忘れな草。  見上げれば太陽のような、そう、向日葵……。  茎が折れても、何処までも付きまとう憎き向日葵。  だから私は、最後の最後まで2番目の女。  それがいつもの私のオチ。  いつだったかお婆ちゃんからある物語を聞いた。  北の海の人魚の物語という、それは童話だった。  あれは小学生の時だ。  鎌倉の海岸で摘んだ花がある。  銀色の花を咲かせた忘れな草だった。  恐ろしく美しい花だった。  童話を聞いた時、ピンときた。  銀色の花を咲かせた忘れな草には人魚の魂が宿るという。  それを摘んだものだけに訪れる悲劇。  そういうことか……。  自身に必ず降りかかるこのクソみたいな運命。  けれど私は変えて見せる。  この忘れな草を張り付けた護身用のそれに誓って――。
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