1. 風の神様の物語(童話)

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 後日、仔細を知った風の神様は狂気し全能の神様のもとにやって来ました。 「私も五つ葉のクローバーに変えてください。彼女のいない世界に何の未練もありません」  しかし全能の神様はそれでは彼女との約束を反故にすると思いそうはしませんでした。  風の神様は涙ながらに訴えました。 「ならば私の気持ちだけを五つ葉のクローバーに変え、彼女の傍らにいつまでも寄り添わせてください。代わりに私は金輪際気持ちを持ちません、全地を永久にただ吹く風となります。これが私のそれ相応のものです」  全能の神様は唸りました。  たしかに、それならばそれ相応のものと呼べるだろう。  全能の神様は風の神様の気持ちだけを五つ葉のクローバーに変え彼女の傍に寄り添わせてやりました。  それからというもの風の神様は気持ちを持たない全地を無心に吹く風となりました。雨を降らす風となり、漁船や鳥を渡らす風となり、人々の心を潤す風となり全地に恵みを与えました。  しかし季節はめぐりクローバーは枯れようとしていました。それを見た全能の神様は心を痛めました。真っ赤に憂う太陽に言いました。そろそろ風の神様と共に元に戻りたくはないか――と。 「お許しならば。風の神様も以前の彼ではございません」 「そのようだ」  全能の神様は思案しました。二人を元に戻すことは簡単でしたが、二人が言い出したことおいそれと戻ずわけには行きません。 「それ相応のものと交換だ」と全能の神様は暫くの間を挟んで言いました。 「私たちには、もはや捧げられるものは何もありません」 「尤もだ。であれば強欲な人間に託すこととしよう。もしも自身ではない誰かの為にそれ相応のものを捧げ願う者が現れたらならば二人を解こうではないか。願い事は五枚のクローバーの葉を一枚一枚剥がしながら言わなければならない。しかし願いが自身の強欲なものであれば、お前たちはその時、枯れ果て消滅する。それまではお前たちに生ある緑の息吹を与えよう」  最後に全能の神様は真っ赤に憂う太陽に付け足しました。それは慈悲の心でした。 「風の神様にはいくばくかの気持ちを、そなたには人に語り掛ける事を許そう。強欲な人間を退け、心ある者がそなた達を摘めるように」  それから幾星霜の時が経ちました。しかし未だに風の神様も真っ赤に憂う太陽も元に戻れていないと言います。何故なら誰も寄り添う二本のクローバーを見つけることが出来ず、誰も誰かの為に自身のそれ相応のものを捧げる者もいなかったからです。  そういう訳で今日もそよぐ風に願い事をしても叶う筈もなく、夕陽に切なの色を見てしまうのも温かな気持ちを持った彼女がそこにいないからです。  しかしいつかは誰かが摘まむことでしょう。そのとき風の神様は気持ちをもつ筈です。強く願う人のため、吹く、風となることしょう――。
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