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相手チームの楽勝ムードの野次と味方のがさつな怒声、「ボールッ」という主審の怒気を含んだ判定が、この日、チームの守備ではリプレイのように何度も繰り返されている。
今し方、男子部員では最後の投手がノックアウトされ、悄然とベンチに下ってきた。マウンドには外野手の1年生が上がっている。
初登板の緊張か、1球目、ボールはホームベース手前で大きくワンバウンドし、打者の脛の辺りをきわどく掠めてキャッチャーのグローブにどうにか収まった。途端、ここぞとばかりにがさつな野次が飛ぶ。
その喧騒としたグラウンドのベンチの奥、男子に混じってひとりユニホーム姿の女子、望月景子はまるで他人事のように膝に両肘をのせてぼんやり空を眺めている。
景子の小脇には、こんな試合展開わざわざ記録する必要ある?とでも言いたげに、記録用紙が挟まったバインダーとフリクションのボールペンが無造作に放られている。
そのことに対して何度か顧問の先生から「マネージャー、きちんと記録して」と注意されたが、景子は露骨に無視を決め込んでいた。
別に悪気があってのことではない。監督、清栄保の前の回辺りから感じる意味深な視線がなければ景子だってまだ記録する気にはなった。だがそのどこか逡巡するような視線の真意がわかっているから、その気も失せてしまう。
この際、仕方がないか……。
監督の胸中はそんな投げやりな言い訳であふれているに違いない。それは公式戦ではなく、ただの練習試合だからこそくだせる采配だ。
近付く出番は、だいたいがこんな試合展開の中、微妙な空気にのってやってくる。
そんな時、気付けばいつも思い出している。
物語のエンディングが流れ幕が下りたストーリーに、実はここから始まる劇的な続きを期待するような心境で、市営球場のベンチから見上げた花曇りの空、そこに子供の頃の想い出を映し出す。
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