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大きな金属音が垂れ込める雲間に反響していた。
三沢礼二はたったいま音がした方をうつろに見つめた。そこは千人ほど収容できる観覧席が設けられた小さな市営球場の古びた外壁。
礼二はグラウンド外の公園のベンチに腰かけていた。何度も試合をしたことがある球場だから位置関係は良くわかる。バックネットの裏辺りだ。
春休みの練習試合、恐らく観客など殆どいない。どちらの高校かはわからないが、部員の歓声が時折聞こえてくる。
「あれ?三沢じゃない?」
うつむいていたら誰かに声を掛けられた。顔を上げると先週春休みに入るまでクラスが同じだった女子がいる。
谷沢敦子だった。
目がリスのようにくりっとしているから男子にはかなり人気がある。本人にも自覚があるのか今も無駄にした、「私いい女でしょ」とでも言いたげに髪を後ろにかき上げる仕草に苛立ちを覚える。そういう女には反吐が出る。
「どうしてここにいるの?もう試合始まってない?」
谷沢敦子が不思議そうに尋ねてきた。事情を知らないようだ。
それもそうかと思った。彼女は部外者だ。だがいちいち説明するのも億劫だった。礼二はわざと舌打ちした。
たしかに母校の練習試合が行われいてる球場の外、こういうシチュエーションがあってもおかしくわない。
「は?誰だっけお前?」
「え?」
彼女の端正な顔がはっきりと曇った。
「え、じゃなくってさ」
「ごめん、わたし今日私服だからわからなかったかな?敦子!谷沢敦子」
谷沢敦子がとりなすように言う。その少しスカートを広げて見せる仕草に苛つきが増す。
「馬鹿か、1年間同じクラスで気付かないわけがないだろ。失せろって意味がわかんねぇかな?」
声を荒げると、谷沢敦子はハッキリと顔を赤くし、最低という捨て台詞を残して駆け出して行った。
最低――そうよく浴びせられる言葉にいまさら驚いたりはしない。
再び球場から歓声が聞こえた。
むしろ、どうしてここにいるの?
谷沢敦子に問われたその言葉の方が胸に刺さる。
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