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「タマー! タマー!」
「あれ、ナツじゃん」
「あ、タマ! ……じゃない、さーこ!」
日曜の朝。近所の路地でたまたま会ったナツは、本気で焦っていた。
「どしたの」
「あのねあのね、さーこがね……じゃなくて、タマがね!」
相当うろたえているのは分かったから、たぶんペットのであろう名前と私の名前を取り違えるのをそろそろ何とかしてほしい。
「いなくなったの?」
「そうなの! 散歩してて、ちょっとジュース買おうと思って、待っててねーって言ったのに!」
何だか微妙に話が噛み合わない気がした。
「ごめんちょっと確認。タマって、何?」
「タマはタマだよ! それ以上でもそれ以下でもない!」
それ以上は求めていないのでそれ以下について説明してほしいのだが。
「いや、そうじゃなくてさ、その……猫じゃないの?」
「あれ? わたしさーこに話したことなかったっけ」
ない。いや、あったかもしれないが、覚えていない。
「タマは犬だよ。丸まったら球みたいだからタマ」
「紛らわしいなぁ」
「いいの! タマはタマなの! それ以上でもそ」
以下略。まあ、別にタマという名前は猫にしかつけていけないわけではない。今のは私が悪かった。日曜の夕方になると強制的に刷り込まれてしまうのだ。最近観てないが。
「分かった分かった。私も探してあげる」
コンビニに行って帰るくらいしか用事もなかったので、私もタマ捜索の協力を申し出た。
「で、どんな犬なの?」
「えっとねー、丸まったら球みたいで」
ナツはたまに短時間で同じことを二回言う。
「種類を教えて」
「何だっけ、あの長いやつ」
ダックスフンドか。言うほど丸まったら球みたいだろうか、ダックス。ナツの感性はたまに……いや、割といつも分からない。
「他に何か特徴ある?」
「うーん……あ、タマって呼んだらすぐ走ってくる! タマー!」
なしのつぶて。ナツがその場でしゃがみ込む。
「タマぁ……どこ行っちゃったんだよぅ……」
あのナツが、天真爛漫猪突猛進を体現したようなナツが、年中ひとつも悩みなんかなさそうなナツが、凹んでいる。一年以上の付き合いになるけれど、こんなナツは初めて見た。
「大丈夫大丈夫。ね?」
「うん……」
あんまり人を慰めたことはないが、これで合っているだろうか。
「じゃあ、私はあっちのほうを探してみるから、ナツは――」
「やだ! さーこまでいなくなっちゃやだ!」
すっかり涙目のナツが、私のTシャツの裾をきゅっとつまむ。
「さーこと一緒に探す!」
「……ん。じゃあそうしよ」
何だかナツのほうがペットみたいだった。
数十分後。とある家の前を通りながらタマの名前を呼ぶと、門の扉の向こうから返答があった。
「わん!」
覗き込むと、こちらを見つめて尻尾をフリフリするダックスフンド。黒い毛がツヤツヤだ。
「タマ! どうしてそんなとこにいるの?!」
「おいちょっと待て」
扉を乗り越えんばかりのナツをいったん引き止める。
インターホンを鳴らすと、間もなく住人が出てきた。聞けば、家の前で飼い猫の名前を呼んだらなぜかやってきてしまったとのこと。
「呼ばれたら誰にでもついてっちゃうからねぇ、タマは」
そう言いながら、ナツはタマの頭をわしゃわしゃしている。可愛がるのもいいがしっかりしつけろ飼い主。
「すみません、ありがとうございました」
すっかりタマに夢中なナツの代わりに、タマを保護してくれていた住人にお礼をする。ナツめ、あとでアイス奢れよ。
帰り道、ナツに買わせたアイスキャンディを舐めながら、思い出す。
『さーこまでいなくなっちゃやだ!』
表情筋が動くのを感じる。マズい。今ナツに顔を見られたくない。
「タマ〜、帰ったらごはん食べようね〜」
「わん! わん!」
当のナツはタマにかかりきりだった。もう少しだけそのままでいてくれ。
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