魔女は十三夜に空を縫う

2/4
前へ
/4ページ
次へ
自分の姿に問われるのは妙な気持ちがした。 それでも自分の姿だからか、 言葉はするりと口をついた。 「明日になってほしくないだけ」 ベランダの手すりに腕をのせて寄りかかる。 「明日になったら、学校に行かなきゃいけない。 そうしたら真由達に会うでしょ。 あの人達、夏休みのちょっと前に変わったの。 私のこと、つまんないとか言って無視するようになった。 小学校の時からずっと一緒だったのに、 この夏休みは連絡もくれないで、 私抜きで遊んでるの」 寝静まった灯火をあてもなく眺める。 真由達も今頃は眠っているだろうか。 私のことなんて何も考えず、 明日の学校を楽しみにして。 「むかつく」 ぽんとその言葉が飛び出して、 我ながら目を見開いた。 「これまで普通に笑ってたくせに。 つまんないならその時言えばいいのにさ、 ずっと思ってたんだけどとか、何それ。 だから私、別にいいの、 このまま真由達と友達やめたって。 一緒にいたって、何にも楽しいことないし」 口が勝手に動くみたいに、 言葉は次々とあふれてくる。 それでいて、喋るほどに胸の中がもやもやとこんがらがっていた。 むかついたのは本当だ。 喧嘩もなしに突然だった。 戸惑って、理由を聞こうとして、 その行為すら笑われた。 私という友達を最初からいなかったことにして、そのくせ事あるごとにくすくすと笑い合う真由達なんて、もう二度とこっちから関わるもんかと思った。 それなのに、思ってもいない言葉を吐き出したような気持ち悪さが迫ってくる。 何かの塊が胸を塞いで、苦しさに上を向いた。 十三夜の月明かりを反射して、 ひびだという無数の線がきらきら光る。 とん、と、胸に手を当てられた。 押されて横を向けば、黒いローブを着た私が目の前でにやにやと笑っている。 「しょうがないねぇ人間は。 あんた、そんなに腹が立つんなら縁を切っちまえばいいのさ。 綺麗さっぱり、赤の他人に戻ればいい。 そうすれば何をしてようと、 あんたには関わりのないことだ」 「そんなこと……できない」 一歩下がりながら、声を押し出す。 「どうして?」 「だって…同じクラスだし」 「同じクラスだし?」 「私が縁切ったって、 向こうが絡んできたら意味ないし」 「ふぅん──じゃあ、 向こうが構わないなら晴れて縁切りかい?」 ぐんと顔を近付けて、目の前の私が問いかける。 それならね、と答えるはずが、 なぜか声が出なかった。 胸を塞いだあの塊が、喉元までせり上がる。 本当にその通りになったらどうしよう。 ほんの一瞬、はっきりとそう思った。 真由達と縁を切ると、ここで宣言したとして。 それが本当になったらどうしよう。 向こうがもし、私のことなんてもう何とも思っていなかったら。 この奇妙な夢が、夢で済まなかったら。 真由達に腹を立てていた。 なぜ? 今更のように考える。 無視された時、 私は最初から腹を立てただろうか。 笑われた時、だったらもういいと、 最初からそう思ったろうか。 違う。 最初は──ただ、悲しかった。 悲しくて、寂しくて、惨めだった。 自分で自分を寂しいなんて、 惨めだなんて思いたくなかった。 真由達がひどいのは本当だったから、 そのことだけに集中して、 ただ相手を責めることにした。 真由達が視界に入る度に腹を立て、 笑い声を心の中で呪って、 いつかこのどろどろを悟ったあの人達が、 私に謝ってくればいいと思っていた。 でもそんなことは起こらずに、 夏休みはもう終わる。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加