先生

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先生

 女性の先生のことを『お母さん』と言い間違える。そんな経験をしたことある学生は多いのではないだろうか。だけど、男の先生を『お父さん』と呼んでしまったという話は、あるのだろうか。  ゴトッと本が落ちる音が聞こえて、校内の廊下を歩いていた私は振り返った。 「ああ」  彼はぼんやりとした声でそう言うと、自分が床に落とした教科書の山を見つめていた。私は、引き寄せられるように彼に近づいて、教科書を拾い上げた。二人で全部、拾い終わると、私は彼に渡そうとしてこう言ってしまったのだ。 「お父さん」  ──違う。『先生』と言おうとした。  先生の生きる気力が全く見えない黒々とした瞳が、すこし光って色づいたように見えた。  私、藤堂朔(とうどうさく)は、この日、現代国語の教師の細ケ(ほそがや)先生を『お父さん』と呼んでしまってから、彼のことが自分の父親としか思えなくなった。
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