学園祭まであと1ヵ月

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「高遠君、今日はウォーキングの練習をするそうですね。この後、テーラーさんのフィッティングもあるので見に来ちゃいました」 俺に向けられていた視線とは違う尊敬の眼差しをメンバーから一心に受けていた紫澤は、一切それに答えることなく俺の隣りへと歩み寄る。 紫澤も翔琉も普段から自身に視線を向けられることに馴れているせいか、この程度の熱っぽい視線では全く動じない。 そもそも向けられている視線の意味自体が、否定的な俺のものとは全く異なっているものなので比べる対象ですらないのだが……。 周囲からの反応の違いを痛感した俺は、改めて紫澤たちが自分と住む世界が違うことを思い知る。 俺以外の出場者である他の4人も同じだ。皆、家柄も見た目も良く普段から読者モデルやサロンモデルを当たり前のようにしているセミプロのような男たちである、と心織から聞いていた。 エントリーする動機が一番不純な上、人に見られることにも馴れていない全くの素人である俺は自分だけがマイナスからの出発であることに改めて気が付き一人肩を落としてしまう。 ……分かっていて出場を決めたけど、やっぱり辛いよなぁ。 落胆していたところに、メンバーの一人が思い出したように口を開く。 「そう言えば、今年のミスターキャンパスの特別審査員は俳優の天王寺飛海らしいよ」 「へぇ、俺は龍ヶ崎翔琉って聞いたけど」 別のメンバーが自身の持っていた情報を口にする。 「最初は実行委員もその線でオファーしてたみたいだけど、10月から主演のドラマが始まるから忙しいって断られたらしいぜ」 「そりゃ口実だろ。天王寺飛海だってそのドラマに準主役で出るはずじゃなかったか?まぁ、龍ヶ崎翔琉にオファーってちょっと難しいよな。だってハリウッドデビューまでしてる超人気俳優だろ?ウチだって世間的にはかなり有名な私立大学だけど、学園祭のゲストに来て貰う為の桁違いのギャラは払えないし龍ヶ崎翔琉だってその辺の学生の相手なんてしているイメージはないもんな」 「確かに!いつも週刊誌に撮られている相手って、皆売れていて美人でお金を持っている極上の女ばかりだもんな。まぁ、龍ヶ崎翔琉と釣り合うのはそういうレベルじゃないと門前払いされそうなイメージだよな」 悪気無く発せられるその言葉に俺の心は凍り付く。 ……あぁ、そっか。 一般の学生から見た、俳優龍ヶ崎翔琉のイメージってそうなんだ。 確かに……普通に出逢っていたら10歳も年下の学生の、むしろ貧乏な俺なんかとは口を聞くチャンスすら無かったんだよな。 否、そもそも普通の生活を送っていたら出逢う可能性なんて最初から無かったのかもしれないけれど。 そう考えただけで立ちくらみを起こしそうになった俺は、すぐ隣りで紫澤が倒れないように俺の腕をしっかりと支えていることに気が付く。 「紫澤先輩……」 思わず紫澤の顔に視線を向けると、左右に首を振りながら「気にするな」と言わんばかりの心強い表情で俺を見つめていた。 ……紫澤先輩。 どうしてあなたは俺の気持ちが潰れそうな時に、いつも傍にいて支えてくれるんですか。 その度に狡い俺はあなたの優しさを利用しようとしてしまうじゃないですか――。 歯痒い気持ちに苛まれた俺は、翔琉の時と同様直接口にすることができない紫澤への想いを心の中でそっと呟いたのであった。
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