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……だいたい颯斗がどこの馬の骨か分からない女をエスコートして本気になったらどうするんだよ?
颯斗の隣りにいていいのは、はっきり言って俺だけだ。
だいたい颯斗は誰の許可を持ってしてこんなことを?
これは颯斗に真実を確かめる必要があるな……。
大きく舌打ちした翔琉は、煙草のフィルターを咥えるとそのままブランドのオイルライターで点火する。
「天王寺、そのコンテストの詳細……俺にもっと教えてくれないか」
極力穏やかな表情を作りながら俺は飛海に尋ねるが、運悪く撮影の声が掛かってしまう。
まだ火を付けたばかりの煙草に全ての苛立ちを込め勢いよく灰皿へその先を押し付けると、俺は足速にオフィスセットへと急いだ。
既に前のシーンでオフィスセットにいた共演者の姫宮華は、殺気立つ俺を前に「あら、怖いわぁ」なんて心にも無い言葉を口にしていたが、その表情は何やら楽しそうな笑みを浮かべている。
……面倒くせぇな。
世間で噂されている通り、確かに華とは過去に関係はあった。とはいえ、今となっては全くの赤の他人である彼女に、俺は面倒くささえ感じている。
「ふーん。最近の翔琉のお気に入りは若い子なのかしら?」
真っ赤なルージュが塗られたぷっくりとした唇をニヤリと持ち上げた華は、俺のプライベートを探ろうとカマをかけてくる。
「さぁな。とりあえずこのシーン、一発で決めるからな」
一切俺は華の方を見ず、無表情のまま答える。
「あら、折角の濡れ場シーンよ?一発で終わらせるのは勿体ないじゃない」
意味深な瞳で俺を見つめるが、俺はそれを全て無視する。
「まぁ、冷たいのね。昔はあんなに私のこと、情熱的に欲しがっていたのに」
腕を絡めてくる華の手をやんわりと振り払いながら、俺は一瞥した。
「しつこかったのはどっちだったか」
吐き捨てるように呟いた俺は、誰もが脅える程の冷酷な表情を浮かべる。
自分で言うのも何だが、俺はこの日本人離れしたクォーターの血のお陰で今まで一度足りとも女性関係に困ったことは無い。何の努力もなしに、自然と極上と呼ばれる部類の女性たちが近付いてくるのだから、それを味見しないのは相手に失礼だと本気で思い込んでいた。
今思えば、当時の俺はよく女性関係で暴力沙汰に巻き込まれていたが、不幸中の幸いでそれまでで済んでいた。我ながら運の良い男だと感心する程に、自分が最低最悪の男だったと記憶する。
ちなみに二年以上前の夏、颯斗と出逢ったのも女性関係の暴力沙汰に巻き込まれた故のことだった。あの時、颯斗に助けて貰っていなければ、颯斗と出逢っていなければ、きっとまだ俺は最低な行為を続けていただろう。そう思うと、我ながら本当にぞっとする。
大切な颯斗には、口が裂けても言えない過去。
バイト三昧の日々を送るが故、世間より芸能界のことには疎い颯斗だが、もし知られてしまったら独り思い悩んでしまうことは、今までの経験から容易に想像できる。
できる限り颯斗の耳に入らないように、そしてたとえ耳に入ったとしても颯斗が気にすることがないように、俺がたっぷりと今以上に愛してやる必要があるだろう。
颯斗の顔を思い描いた瞬間、俺の頬はようやく緩み始めたのであった。
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