学園祭まであと3週間

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教室前に、“ミスターキャンパス出場者使用中につき立ち入り禁止”とパソコン打ちされた紙が張られた二部屋続きの教室前に辿り着いた俺は、ドア前にて既に教室の中が熱気でかなり騒々しいことに気が付く。 「うわ、俺もしかして遅刻しちゃったか?」 ドアを開けることを躊躇してしまった俺は、あれだけ携帯電話で適宜時間を確認しながら間に合うように走っていたつもりだったが、遅刻してしまったことに落胆してしまう。 「いえ、高遠君は遅刻していないと思いますよ。だってほら……」 左腕に光るスイス製の高級ブランド時計の針を嫌味なく俺に見せた紫澤は、遅刻していないことをその時計で証明してくれる。 「本当だ……。え、じゃあ中の騒ぎは?」 戸惑う俺に、紫澤が代わりにドアを開けた。 するとそこにはミスターキャンパスの参加者だけでなく、大勢の生徒たちが男女関係なく押し掛けており教室がすしずめ状態となっていたのだった。 「あれ、俺……教室間違えた?」 もう一度だけドア前に張られていた張り紙を確認するも、間違っている様子は微塵もない。 「うーん、これは何が起きているのでしょうか。そう言えば以前にもこのような現象ありましたよね、海の家でバイトした時に。あれは確か俳優の……」 紫澤がそう言い掛けてようやく俺は、“特別”講師の“特別”の意味を思い知る。 ――これは間違いなく俺が知っている2人の人気俳優のどちらかがそこにいる。 ギャラリーの反応からして、ほぼ間違いないことが分かる。 多分この教室で収まる程度で済む規模だから、俺のことを溺愛しているハリウッド進出まで果たしている男の方ではない。 あちらの男だったらこの教室どころか、広々としたこのキャンパス内ごと全てがパニックとなってしまうだろう。 実際4月に大学のキャンパスへと翔琉がドラマの撮影に来た時は、生徒たちがパニックを起こさないよう翔琉側のスタッフが総出で常に目を光らせ整備しているらしい、という噂も聞いていた。だからそこにいるのは翔琉ではない。 「天王寺飛海だ!」 2人の声が重なると同時に、学園祭実行委員の委員長らしき精悍な顔付きの男が関係者以外を教室の外へと追い払い始めた。 ようやくミスターキャンパスの出場者と企画に携わる学園祭実行委員の代表数名、そしてOBである紫澤だけになった頃、黒いハットを目深に被りTシャツに黒いパンツ姿の飛海が、俺たち2人の前に現れた。 「へぇ、やっぱりキミ出場者なの?」 世間からはキラキラ王子様と呼ばれる飛海は、一瞬だけ意地悪そうな笑みを俺に向かって浮かべると、すぐさま王子様スマイルに戻っていた。 「はい、そうですけど……」 戸惑いを隠せない俺に、隣りの紫澤が珍しく飛海へと警戒するような表情を見せる。 「ふーん、節操ないんだねキミ(、、)」 一見して無邪気に呟いたように聞こえたその言葉に、俺よりもいつも温厚である紫澤の方が顔面に出てしまう程怒りを顕著に現していた。 周囲は俺と飛海、そして紫澤を交互に見渡し、俺たちがどのような関係なのか探りを入れるような好奇の視線を向ける。それを遮るようにして、飛海が口を開いた。 「皆さんこんにちは。今年のミスターキャンパスで特別審査員として招かれました俳優の天王寺飛海です。実は俺、俳優になる前はモデルも少しやっていたんです。だから今日は少しでも皆さんのお役に立てればと思って来ました。あと、事前に皆さんのこともよく(、、)知っておきたいので……。さぁ早速、時間が勿体ないのでウォーキング練習を始めましょうか。とりあえず一度どの程度歩けるのか確認させて下さい」 途中意味深な視線を俺に向けたが、この言葉を合図に俺を含む出場メンバーである5名が教室の端へと素早く横一列に整列した。ちなみに俺は飛海から見て、教室の一番奥の左端の位置へと立っていた。 講師が人気俳優の飛海であるせいか、他の4人は今までに無い緊張感が張り詰めており、俺は隣りにいるだけでついその雰囲気に圧倒されてしまう。 「宜しくお願い致します!!」 体育会系のような大声を張り上げ、深々と飛海に向かって頭を下げる他のメンバー4人に俺一人気後れしながらも、同様に頭を下げる。 他の4人が一斉に頭を上げたタイミングで俺もワンテンポずれて頭を上げると、対面にいた関係者席で俺を心配そうに見つめる紫澤と目が合ってしまう。 だが、俺は拳をさり気なく作ると紫澤にだけ分かるようにそれを見せたのであった。
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