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霽日
朝日が昇った瞬間、目の前から彼の姿は無くなっていた。あれだけ私が愛した彼の姿は、この銀河鉄道の駅から跡形もなく消失していた。
私は声も出せずにいた。
それは、もう彼に会えないという悲しみから来るものもある。けれど、一番大きな理由は、彼に最期のお別れを告げられて安心したというものだった。
「……これで……いいのよね……」
私は、そう言って電車へと戻る。
足取りは重たかった。まるで鉄球が鎖で繋がれた足かせを両足に付けられているかのような重量感。それは、戻りたくないって、“ないはずの身体”が声の出ない悲鳴を上げているようだった。
私は電車に戻ると、静かにもとの席に座る。
「……なんで、笑ってんだろ……」
自分の口元を手で確かめる。
確かに口角が上がっていて、私は笑っていた。
「まぁ……いっか。……最後は笑顔でいた方が……」
私は口元にあった手を耳元に持っていく。そこには、彼から誕生日プレゼントでもらったイヤリングが装着されていた。もちろん、あの日の朝、私が自分で着けたものだ。
彼からはたくさんのモノを貰った。
よく我儘を捏ねる私に、呆れる事なく、いつも「ごめんね」と言ってお詫びのプレゼントをくれる。そんなにいらないよ、と言っても、彼は「いいからあげる」と言って押し通してきた。そんな鋼のような優しさが、私にはとても愛おしかった。
ずっと甘えていたわけではないけれど。それでも、彼が無意識に振りまく優しさの欠片を、私は拾わずにはいられなかったのだ。
「……」
言葉はもう出ない。
大好きで大好きな彼とのお別れを終えた私は、もう喋る事を放棄した。それは、悪い意味なんかではない。
「————」
私は静かに、笑った。
そして、世界で一番愛した彼の事を思い浮かべながら、発車のアナウンスに、少し物寂しさを覚えるのだった。
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