第二章 愛する君にいつの日か

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 その日はトラブル続きだった。週末のコンペに使うデータの入ったサーバーがエアコンの故障により動かなくなり、後輩に作らせた見積書の数字はめちゃくちゃで。終いには、メーカーに発注していた製品が検問に引っかかり、中国に引き返してしまった。だから急遽、代替え品を探さなければならなくなった。  そういうわけで、気が付けば時刻は夜10時を回っていた。 「先輩、すいませんでした、これせめて」  見積りをミスった後輩が缶コーヒーを手渡してくる。ま、別に提出前の見積もりだ、間違っていたって問題ない。ないのだが、いかんせん今日はトラブルが多すぎた。流石に、疲れた。  俺はなるべく平静を装って、後輩からコーヒーを受け取る。 「ありがとう。俺の方こそ途中で確認すれば良かったな。悪かった」 「いえ」 「ま、提出前だし気にするな。それよりサーバーが落ちたのは痛かったな。エアコン壊れるとかあり得んわ」 「はは。本当そうっすね」  そうやって、俺たちは一息入れる。――と、デスクの上のスマホが震えた。小百合からだ。そう言えば、連絡するのをすっかり忘れていた。  俺は通話ボタンをタップする。 「――遅い! 何回も電話したのに!」  スマホを耳に当てた途端、彼女の高い声が耳に響いた。そうとう怒っているようだ。 「悪い」 「とっくにご飯さめちゃったんだけど」  顔を見なくてもわかる。彼女が今どんな顔をしているのか。 「ごめん、急なトラブルで。終電前には帰るから。飯も、帰ったら温めて食べるし」 「……」  けれど、小百合は何も答えない。 「どうした? 何かあったのか?」 「――別に。ねぇ、私に何か言うことないの?」 「……は?」  小百合の唐突な問いに、俺は間の抜けた声を返してしまった。全く思い当たらなくて。 「無いんだ。ふぅん。じゃあ――もういい」 「は? え、何それ、全然意味がわからないんだけど。何かあるならちゃんと言え!」  俺は疲れも相まって、つい声を荒げてしまった。すると途端に押し黙る、小百合の声。そして――電話はそのまま、途切れた。 「――は?」  何だ、今の。俺が切れたスマホを訳も分からず見つめていると、隣に座る後輩が心配そうな顔でこちらを見てくる。 「喧嘩っすか……? それ、まさか、俺のせい?」 「んなわけあるかよ」  ――まぁいいか。帰りにコンビニで小百合の好きなデザートでも買っていこう。俺は心にそう決めて、残りの仕事に手を付けた。  ――けれど、俺が家に帰ったときには彼女の姿はそこになく。そして翌日、俺は警察から電話で知らされたのだ。俺との電話が切れたのと同じ時刻に、彼女がトラックに轢かれて死んでいたことを。
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