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その日はトラブル続きだった。週末のコンペに使うデータの入ったサーバーがエアコンの故障により動かなくなり、後輩に作らせた見積書の数字はめちゃくちゃで。終いには、メーカーに発注していた製品が検問に引っかかり、中国に引き返してしまった。だから急遽、代替え品を探さなければならなくなった。
そういうわけで、気が付けば時刻は夜10時を回っていた。
「先輩、すいませんでした、これせめて」
見積りをミスった後輩が缶コーヒーを手渡してくる。ま、別に提出前の見積もりだ、間違っていたって問題ない。ないのだが、いかんせん今日はトラブルが多すぎた。流石に、疲れた。
俺はなるべく平静を装って、後輩からコーヒーを受け取る。
「ありがとう。俺の方こそ途中で確認すれば良かったな。悪かった」
「いえ」
「ま、提出前だし気にするな。それよりサーバーが落ちたのは痛かったな。エアコン壊れるとかあり得んわ」
「はは。本当そうっすね」
そうやって、俺たちは一息入れる。――と、デスクの上のスマホが震えた。小百合からだ。そう言えば、連絡するのをすっかり忘れていた。
俺は通話ボタンをタップする。
「――遅い! 何回も電話したのに!」
スマホを耳に当てた途端、彼女の高い声が耳に響いた。そうとう怒っているようだ。
「悪い」
「とっくにご飯さめちゃったんだけど」
顔を見なくてもわかる。彼女が今どんな顔をしているのか。
「ごめん、急なトラブルで。終電前には帰るから。飯も、帰ったら温めて食べるし」
「……」
けれど、小百合は何も答えない。
「どうした? 何かあったのか?」
「――別に。ねぇ、私に何か言うことないの?」
「……は?」
小百合の唐突な問いに、俺は間の抜けた声を返してしまった。全く思い当たらなくて。
「無いんだ。ふぅん。じゃあ――もういい」
「は? え、何それ、全然意味がわからないんだけど。何かあるならちゃんと言え!」
俺は疲れも相まって、つい声を荒げてしまった。すると途端に押し黙る、小百合の声。そして――電話はそのまま、途切れた。
「――は?」
何だ、今の。俺が切れたスマホを訳も分からず見つめていると、隣に座る後輩が心配そうな顔でこちらを見てくる。
「喧嘩っすか……? それ、まさか、俺のせい?」
「んなわけあるかよ」
――まぁいいか。帰りにコンビニで小百合の好きなデザートでも買っていこう。俺は心にそう決めて、残りの仕事に手を付けた。
――けれど、俺が家に帰ったときには彼女の姿はそこになく。そして翌日、俺は警察から電話で知らされたのだ。俺との電話が切れたのと同じ時刻に、彼女がトラックに轢かれて死んでいたことを。
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