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この仕事も板についてきた。そうは言っても、心無い言葉を浴びせられる日々は、半年前と何ら変わっていない。
「――ふざけないで!」
この光景もそろそろ見飽きた。
俺の目の前で、悲しみに任せて投げ捨てられる一通の白い封筒。それはこの女性に宛てられた、旦那からの手紙。
「いらないわよ!」
酷く取り乱して泣き喚く女性の前で、俺は玄関タイルに落ちた封筒を拾い上げる。その間にも、女性は両手で顔を覆い泣き続けていた。
――嫌だな。先輩はどうしてあんなことを言ったのか。何故あんな風に思えるのだろうか。俺にはどうしても理解できない。
けれどやり方だけは、この半年の間に学んだ。
「そうですか。本当に必要ないのなら、私がここで燃やしてしまいますが、それでも構いませんか?」
自分でも酷い言い方だと思う。けれどこれも仕事のうちだ、仕方ない。
彼女は俺の無慈悲な言葉に、大きく目を見開いた。けれどどうにか震える手で、手紙を受け取ってくれる。
俺はそれ以上何も言わず、サインを受け取り次の家へと向かった。
するとその途中で、半年前に手紙を届けた農家の家の前を通りかかる。そこを通り過ぎようというとき、誰かに呼び止められた。それはあの日の女性――佐竹さんだった。
「あなた、あの時の!」
佐竹さんが俺を呼ぶ。仕方なく、俺はバイクを止めた。
――嫌みの一つでも言われるのだろうか。そう思った、その時。
振り向いたその先で、こちらに歩み寄ってくる佐竹さんの目元から――一筋の涙が零れ落ちた。
「――はっ?」
俺は思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう。まさか泣かれるなんて予想していなかったから。
バイクに跨がったまま茫然とする俺に、その人は泣きながら微笑む。
「あの時はごめんなさいね。まさか、本当に息子からの手紙だとは思わなかったのよ。だってあの子が亡くなってから、もう十年になるんだもの。こんなことって、本当にあるのね」
言葉を返せずにいる俺の前で、祈るように目を伏せ、幸せそうに笑うその人。
「本当にありがとう。あの時手紙を置いていってくれて。もしあの時あなたが私の言葉通り手紙を持ち帰っていたら、こんな気持ちになることは一生無かったんでしょうね。
私、ようやく前を向いて歩いて行ける気がするの。お嫁さんともずっと疎遠だったのだけど、連絡したら泣きながら喜んで下さってね。今度孫と一緒に、ディズニーランドに行くのよ」
それは心から幸せそうに。心から、死を受け入れられた様に。
その表情に俺はようやく――先輩の言った意味が少しだけ、理解出来たような気がしたんだ。
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