第一章 今日も俺は手紙を届ける

2/5
前へ
/15ページ
次へ
「佐竹加奈子さんでお間違いありませんか? ――はい、結構です。こちらにサインを」  まだ暑さの残る初秋の午後。  俺は一軒の農家の土間で、宛先人に書留のサインを求めていた。目の前の60代半ば程の女性は、郵便局の制服姿の俺を特に気にもとめない様子で、俺の手から一通の封筒を受け取る。それは彼女に宛てられた、恐らく息子さんからの手紙だ。 「――では」  俺は彼女が手紙を受け取ったのを確かに確認すると、すぐさま踵を返した。早くここから立ち去る為に。 「待って」  けれど、呼び止められる。  ――またかよ。  そう思うのと同時に俺の背中に突き刺さる、苛立ちの込められた女性の声。そこに侮蔑の感情も混ざっているように感じるのは、恐らく気のせいではないだろう。 「これ――受け取れないわ。悪戯よ。差し戻してちょうだい」  ――あぁ、これで何度目だろうか。俺は心中で深い溜息をつく。  そもそも差し戻しなど絶対に出来ないのだ。それに受け取り拒否されてしまったら、俺のノルマが達成できない。  俺は顔に笑みを張り付け、女性の方を振り向いた。 「申し訳ございませんが、差し戻しは不可となっております。必要なければ、そちらで処分して頂いて結構ですから」  なるべく声を押さえて、申し訳なさげに告げる。  すると女性は絶句し、顔を強ばらせた。俺はその姿を他人事のように感じながら、もう一度だけ頭を下げる。 「――では、これで」  そして今度こそ、逃げるようにその場を後にした。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加