第二章 愛する君にいつの日か

2/5
前へ
/15ページ
次へ
「――くみ、……巧、起きて、もう時間」 「……ん」  あぁ、もう朝か――。  いつもの柔らかな彼女の声に、俺は目蓋を上げた。カーテンは既に開けられており、窓からは初夏の眩しい日差しが降り注いでいる。その明るさに目を細めながら、ベッドから身体を起こした。 「おはよう、巧。もうちょっと早く起きてくれると嬉しいんだけど」  そのどこか不満げな声のした方を見上げれば、そこには俺の愛する小百合の姿。言葉とは裏腹に、ユリの様に華やかな可憐な笑顔。 「おはよう、小百合」  俺が微笑み返せば、彼女は一瞬困ったように肩をすぼめて、けれど笑みを深くした。その表情に、俺の頬は自然と緩む。  ――あぁ、俺は君といられて、本当に幸せだ。  彼女の作った朝食を食べ、身支度を整える。そして彼女と一緒にアパートを出て、電車を乗り継ぎ会社に向かった。 「小百合、今日残業は?」 「定時だよ。巧は?」 「うーん、まだわからない」 「そっか。じゃあご飯作っとくね」 「あぁ、頼むよ。ありがとう」  電車を降りるのは小百合が先だ。俺の職場は二駅先。  ホームへ降りた彼女が、一度だけ俺を振り返る。にこりと微笑む彼女に俺も微笑み返せば、彼女は満足そうに肩の辺りで手を振った。その背中に、絹のように美しい黒髪がさらりと流れる。いつものように、その姿がホームの向こうへと消えていった。  そしてそれを確認したかのような絶妙なタイミングで、俺を乗せた電車は再び動き出す。  このとき俺は――信じ切っていた。この何の変哲もない日々が、幸せな毎日が、永遠に続いて行くものだと。  それがまさか、これが小百合の笑顔を見る最後になるなんて――そんなこと、想像もしていなかったんだ。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加