426人が本棚に入れています
本棚に追加
/59ページ
「庵さん、でしたね。こんにちは」
「今日は坂上家ゆかりの地を巡礼しています!」
「ゆかり? やだなあ、そんな大層な家柄じゃないですよ、うちは」
「いえいえ、かの安倍晴明と坂上田村麻呂の末裔だと聞きました」
「テン、今回はやけにおしゃべりなんだ」
「庵は今、葛葉に試されているゆえ、葛葉のことが知りたいそうだ」
「母さんのことを? ああ、それで。じゃあ、私も協力しよう。アイス、持って来たんだ。みんなで座って食べようよ♪」
伊織は明るい声で提案した。
工事現場のおじさんにお願いして、町家の向かいに置いてあるベンチを借りたいと交渉、了解の返事をもらったので、三人は座った。伊織が真ん中、左右にテンとわたし。
「なに味がいい? ごちそうするよ」
立ち上がった伊織がアイスを見せてくれた。クーラーボックスの中には、アイスキャンディがぎっしりと詰まっている。
どうやら、工事の職人さんたちへの差し入れらしい。冬だが、ひなたで動くと暑い。のども乾く。
「昨日のいちご、おいしかったです」
「……芋もよかった」
「ありがとう!」
今日も究極の選択をしなければならない。ぶどうが気になるけれど、テンの好みも知りたい。食べてみたい。
どのアイスにしようか、わたしが迷っていると思われたらしく、伊織はおすすめを手にした。
「抹茶。あずき。杏仁豆腐! どれもおいしいですよ」
「どれもおいしそうですね」
テンはどれを手に取るのだろうか、と視線をわたしはテンに移動させた。
すると、テンはやさしい目でじっと伊織を見つめていた。伊織はわたしにアイスを勧めることに一生懸命で、テンの視線には気がついてない。
どきどきした。ずきりとした。
「す……すみません、ぶどうがいいです」
意地悪をしているわけではなかったが、わたしは伊織のおすすめを外して選んだ。いや、初志貫徹というやつだ。
「おぉ、ぶどう! おいしいですよ~。お目が高いですね。巨峰ベースです。季節には、シャインマスカットもあるんだけど」
おすすめを無視されたのに、伊織は嫌な顔をひとつもしなかった。むしろ、笑顔でぶどうを差し出してくれる。あ、この顔、葛葉に似ている。
最初のコメントを投稿しよう!