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急いだけれど一応、乙女なので、十五分かかってしまった。一応、女子なので、濡れたままの髪の姿をテンに見せたくなかった。
食卓の上には、白ごはんの和食。焼き魚、卵焼き、ほうれん草のごま和えに、おとうふのお味噌汁。それと、ヨーグルト。
「さっさと座れ」
「はい! いただきま-す! ふむ、おいしい! テンは? 食べました? 葛葉さんは?」
「たくさん質問するな。おれと葛葉は食べ終わった。で、葛葉は仕事だ」
「しごと?」
「葬儀屋でアルバイトをしている。いや、あっちが本業か」
「そうだったんですね」
葛葉に密着する予定だったが、残念。
「このあと、観光でもするか」
「観光?」
「そうだ。葛葉に、絵を頼まれただろう。散歩して、絵の構想を練るといい。案内してやる。どこか見たい場所はあるか」
「葛葉さんにゆかりのある場所を!」
テンは、あきれていた。おおげさに、ため息をついた。
「……葛葉に媚びても意味がないぞ」
「いいんです。私、葛葉さんのことを知りたい! わたしの絵を気に入ってもらいたいんです」
「どうしてもと言うならばまあ、構わないが。そうだな、ここに来る前に住んでいた上京区の式占(しきうら)町か、気は乗らないが清水寺か……」
「おぉ。きよみずでら、行きたーい! 京都って感じ、けってーい!」
「おれとしては、葛葉にゆかりある式占町のほうがお勧めだが」
「大観光地がいいです! でもテン、お宿の仕事はだいじょうぶですか」
「……特に、今日も客はない。三人分の家事だけだ」
「まじで主夫ですか。若いのに……おっと」
こう見えても、三百歳だっけ。あ、それは葛葉のほう?
失言しそうだったので、わたしは黙々とご飯を食べた。二回、白ごはんをおかわりした。
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