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さあ、お散歩だ、テンと! 違った、絵の題材探し!
動きやすいよう、パンツ姿にした。そして、スケッチブックをかかえる。
「はっ! これって、デートじゃ……!」
今さら、動揺する私。でも、リアル年齢でははるかに年上? らしいが、見た目では年下の美男子。
「きょうだいになっちゃうかも」
テンと一緒に歩くのには気をつかう。
葛葉とテンの仲は絶対にあやしい。宿の女主人とその従業員、だけではない感じが漂ってくる。
片思いかもしれないし、両思いかもしれない。昨夜、貂に戻ったテンを見つめていた葛葉の目は、慈母のようだった。『もと同僚』の間柄だけではないと、推測する私。
「親子? それとも、お……オトナの関係?」
ぶつぶつ言いながら、わたしはコートを羽織りながら部屋を出る。
玄関の土間では、テンが待っていてくれた。
全体的に黒基調の服だが、細身のジャケットとパンツが超お似合い。ふわふわな黒いマフラーも、ベレー帽もかわいい。
あなた、その姿で京の町を歩いたら、全世界の女子が悶絶するよ……と言いたいけれど、待たされていて機嫌が悪そうなのでやめた。
「お、お待たせいたしました……」
「じゃあ行こう。これから、合図をするまで、目をつぶってくれるか。このあたりは道が複雑で、まぶしい時間帯なんだ」
「まぶ、しい?」
昨日、来たときは夕暮れだったので、まぶしくはなかった。
午前中だけ、やけに日の当たる物件なんだろうか。そういえば、宿の窓はひとつも開いていないし、障子もぴったり閉められている。
それでも、室内はじゅうぶんに明るい。真冬なので、疑問に感じなかった。
そして、テンはなんのためらいもなく、わたしと手をつないだ。
「ひっ?」
「離れないように」
……そうだよね。事務的な手つなぎだよね。昨日も袖を引っ張られたし。
わたし、もうすぐ三十に手が届きそうな歳なのに、いちいち心をざわざわさせてどうする。
「よろしくお願いいたします」
わたしは、テンの手を握り返した。冷たかった。
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