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1 こあん、どこ?
……約二時間後。
泊まるだけで夢が叶う魔法の宿を探すために、京都へ降り立った。
人が、とても多い。すごく、多い。予想以上の観光客の数に、わたしは圧倒されかけた。真冬なのに、熱気に満ちている。
何年ぶりかに訪れた京都は、かつての記憶の中にある姿とは異なっていた。海外からの旅行客が目立ち、異国のことばが飛び交い、まるで外国みたいな雑踏。
飛び込みで泊まれるのかしらと、わたしは不安になってきた。
もちろん、今日からその宿に泊まるつもりなので、ホテルの予約はどこに入れていない。もし、魔法の宿がすんなり見つからなかったら野宿か? と、考えるとぞっとした。
特別な宿が、ガイドブックに載るはずないので、わたしは駅ビル内にある観光案内所で相談することにしてみた。
「一日に、ひとりしか泊まれない宿があるって聞いたんですけど、どこにありますか」
この質問が、いちばん無難だと思った。
いきなり、夢が叶うとか、あの世とこの世の境目とか聞かれたら、案内所の人もきっと身構えるだろう。
受付のお姉さんはやさしく教えてくれた。
「一日にひと組限定、でしょうか。でしたら、こちらとこちら。それに、このお宿も」
市内のパンフレットを広げながら、丁寧に説明してくれた。けれど、それらの宿は当然、凝ったおもてなしで人気があり、お値段もいいけれど、昨日今日の予約では泊まれないだろうともやさしく、しかしきりりとした標準語で付け加えてくれる。
それは、なんとなく予期していた。該当した宿は一応念のため、候補に入れておく。
当時、駆け出しの写真家だった人が泊まるには、宿泊代が高すぎるので、たぶんどれも違う。
「お宿の名前は、『きつねといおり』と書いて漢字二文字で『狐庵』と、いうらしいんですが」
「こあん? 聞いたことあらへんなあ」
驚きのあまりか、お姉さんは京ことばに戻ってしまった。反応はかんばしくない。登録もないという返事だった。
ただし、現在は問題の民泊も横行しているため、取り締まれていない宿泊施設かもしれないと付け加えてくれた。
わたしは、次の質問に切り替える。
「では、なぞなぞみたいなんですが、京都で、この世とあの世の境目って言ったら、どのあたりをさしますか?」
いきなり、あの世とこの世の話である。
質問する側も、正直恥ずかしいが、自分だけでは解決できそうにない。
でも、さすがは京都案内のプロ。観光の達人は、淡々と答えてくれた。
「『あわわの辻』やろか。それとも、『六道の辻』。『一条通』かもな」
答えが返ってくると思わなかったので、わたしは驚いた。その場所を詳しく聞き、地図に書き込む。
京都駅からいちばん遠い『一条通』をまずは目指すことにした。『あわわの辻』も近い。どちらかが当たりなら、言うことない。
とりあえず、現地に向かって誰かに聞こう。
インターネットでは検索できなくても、そういう評判の宿があるならば、近所の人なら噂を知っているかもしれない。
受付のお姉さんにお礼を述べ、わたしは歩き出した。
夢が叶うんだ。泊まれれば!
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