1 こあん、どこ?

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 さあ、気を取り直して六道の辻。  ここが外れだったらとか、マイナスなことは、考えないで行こう。  地理的には、祇園の南。鴨川の東岸。六波羅という町で、古くは平家の一大拠点地だったという。  さらに言うと、「ろくはら」は「どくろはら」=風葬地を指しているとの説もある。この世とあの世の交差点にふさわしすぎて、涙が出そう。 「閑散」  京都にしては静かな場所、よくある日常の町。そんな印象だった。  輪廻転生を示す「六道」。この世とあの世の交差点には実にふさわしいネーミングだが、なにか出そうな雰囲気はない。次第に暗くなってきた。  もののけどころか、人が通る気配もなく、たまに猫が横切るぐらいであたりはひっそりとしている。  三分も歩けば、車や人が多い通りがあるのに、この静まりは異様なほどだった。  陽が傾きはじめ、冷えてきた。  仕方ないので、大通りまで出て聞き込みしようか。それでもだめだったら駅まで戻って荷物を取り出し、今夜のホテルを探すしかない。  手もとの地図の、捜索した場所を赤で塗りつぶす。明日はこれ以外の場所にチャレンジだ。時間は少しだけ残されている。お金はないけれど。 「狐庵かあ。縁がなかったのかな……」  とぼとぼ歩きはじめると、地面がゆらっと揺れた。 「は。地震?」  驚いたわたしは、近くの立派な電柱にしがみついた。これすら倒れたらどうしよう、と心配するほどの揺れが続いた。早くおさまってと願いつつ、思わず、目を閉じる。  知り合いもいない土地で災難に遭ったら……不安ばかりが、次々と心を襲う。  おとなしく、絵は趣味程度にとどめ、画家なんて諦めて、普通の会社に就職して適当なところで結婚すればよかったのに、それが私にはできなかった。  飛び抜けた才能もないのに、いつまでも絵を追いかけているなんて、周囲の嘲笑が聞こえてくるようだった。悔しい、でも、どうすることもできない。  揺れがおさまった。三十秒ほど続いただろうか。  ゆっくりと目を開ける。あたりは、夕暮れ色に染まっていた。  もうそんな時間か、わたしはため息をつくと、なるべく大通りを歩いて京都駅を目指そうと思った。宿を見つけるためには、京の町を、丹念に歩くしかないのだ。  さいわい、京都タワーが道の狭間から窺える。あれが目指す方向だ。気を取り直す。この辺で、誰かに会ったら、一応聞いてみよう。 『狐庵って、ご存じですか』と。
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