2 夕食

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2 夕食

「おい、起きろ」  耳にやさしいその声で、わたしは目が覚めた。 「……う?」 「夕食ができた。食堂へ案内する」  テンだった。相変わらず、黒の作務衣。しかし。 「テン。エプロン姿、かわいいですね」  白い帆布エプロンがまぶしい。全身が黒いため、白がよく映える。  そして、間近で見たテンのお顔。美形だとは感じていたけれど、やっぱりとてもきれいだった。男子なのに、嫉妬してしまう。 「葛葉の趣味だ! ほっとけ」  照れているらしい。頬に、さあっと赤みが走った。  テンって、狐庵の従業員、という位置づけの理解でいいのだろうか。  女主人を呼び捨てするあたりから推察するに、恋人どうし? まさか夫婦? でも、名乗った名字は違った。テンは黒崎。葛葉は坂上。夫婦別姓ってやつか? 「あれ? 時計、止まっている。今、何時ですか」  時刻を確かめようとして腕時計を覗き込んだけれど、チェックインしたとき以降、一分も動いていない。ソーラー電池のはずなのに、おかしい。急に、壊れてしまったんだろうか。  しかも、携帯も充電が切れてしまったようで、こちらも動かない。 「とにかく、つべこべいわずに早く行くぞ。料理が冷める」 「はい!」  ま、いいか。今は特に連絡したい人もいないし、安心してひと眠りしたら、おなかが空いた。  というか、この宿のことはしばらく内緒にしたい。明日になったら、有名画家になっているかもしれないもんね、自分!  わたしは腕時計を外し、携帯も充電器を乱暴に突っ込み、小机の上に置いて食堂へスキップで移動した。
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