426人が本棚に入れています
本棚に追加
/59ページ
2 夕食
「おい、起きろ」
耳にやさしいその声で、わたしは目が覚めた。
「……う?」
「夕食ができた。食堂へ案内する」
テンだった。相変わらず、黒の作務衣。しかし。
「テン。エプロン姿、かわいいですね」
白い帆布エプロンがまぶしい。全身が黒いため、白がよく映える。
そして、間近で見たテンのお顔。美形だとは感じていたけれど、やっぱりとてもきれいだった。男子なのに、嫉妬してしまう。
「葛葉の趣味だ! ほっとけ」
照れているらしい。頬に、さあっと赤みが走った。
テンって、狐庵の従業員、という位置づけの理解でいいのだろうか。
女主人を呼び捨てするあたりから推察するに、恋人どうし? まさか夫婦? でも、名乗った名字は違った。テンは黒崎。葛葉は坂上。夫婦別姓ってやつか?
「あれ? 時計、止まっている。今、何時ですか」
時刻を確かめようとして腕時計を覗き込んだけれど、チェックインしたとき以降、一分も動いていない。ソーラー電池のはずなのに、おかしい。急に、壊れてしまったんだろうか。
しかも、携帯も充電が切れてしまったようで、こちらも動かない。
「とにかく、つべこべいわずに早く行くぞ。料理が冷める」
「はい!」
ま、いいか。今は特に連絡したい人もいないし、安心してひと眠りしたら、おなかが空いた。
というか、この宿のことはしばらく内緒にしたい。明日になったら、有名画家になっているかもしれないもんね、自分!
わたしは腕時計を外し、携帯も充電器を乱暴に突っ込み、小机の上に置いて食堂へスキップで移動した。
最初のコメントを投稿しよう!