2人が本棚に入れています
本棚に追加
「ノックしたけど気づかなかったみたいだね」
「ヨーク……」
ミリは泣きそうでした。
「ねえ、今すぐ私をドラキュラにして」
ヨークはミリの頭を優しく撫でました。
「さっき木陰から見ていたから事情は分かっているよ。酷い父親だね。でも、君をドラキュラにはできない」
「なんで」
「ドラキュラは太陽に当たれない。場合によっては人から無理にでも血を吸わないといけない。渇望感って分かるか? 血が足りないと僕たちは獰猛な動物にもなってしまう。君をそんな姿にさせたくない」
ヨークはミリの手を取りました。
「最後の夜だ。外へ出よう」
そう言ってミリを抱き抱えると空を飛びました。
このままどこかへ連れ去ってくれたらいいのに。いいや、どこかの街に置き去りにしてくれるだけでいいそう思う自分がいました。
けれどミリには分かっていました。住所も身元引受け人もいない十六の少女が行き着く先は辛い道だと。それなら安全な修道院に入る方が幸せだと。
ヨークは飛び終えると敷地内で一番背の高い、大きな木の枝に座りました。横にミリも腰掛けます。
その日見た満月は人生で一番丸く、大きく見えました。
「ヨーク。私が修道女になっても友達だよね?」
「君が死ぬまで。いいや、僕が死ぬまで友達さ」
月明かりに照らされたヨークの微笑みがどこか寂しそうでミリは悲しくなりました。
ミリはネックレスを外し、ヨークに握らせました。
「これ、お母さんの形見なの。ヨークにあげる。友情の印」
「こんな大切なもの」
ミリは首を振りました。
「修道院にはきっと持ち込めないよ。もし持ち込めてもお父様の奥さんに取り上げられるのがオチよ」
ヨークはネックレスを握りしめました。
「ミリ。僕はドラキュラだ。だから修道院には近づけない。でも一度だけ、君に会いに行くよ」
その言葉を胸にミリは修道院へ向かいました。そこでは三食きちんとした食事に優しい先輩たちが居ました。
ミリの生い立ちを知ってか知らずかある先輩シスターは「私たちは貴女の味方だからね」と言ってくれました。
そして月日は流れました。ミリの住む国はいくつかの動乱と戦争が起こりました。けれどミリは生き抜きました。
忙しい日々の中、ミリは時々、ヨークの存在は自分の作り上げた妄想かと思う時がありました。けれど、形見のネックレスが手元に無い今、ヨークの存在を証明するものは「ネックレスが存在しないこと」それしかありませんでした。
そしてミリとヨークが出会って六十年後。
ミリの目は歳のせいかとても悪くなってほとんど何も見えなくなっていました。そして耳もあまり聞こえず、人との会話にも苦労しました。
もうすぐお迎えが近いんだ、と思っていたとある夜、眠ろうとベッドに入った時でした。
枕の横に何かが置いてありました。触るとそれはチェーンのなにかでした。慣れ親しんだロザリオではないなにか。触るうちにあの日の夜の事を思い出しました。
「ああ、ヨーク来てくれたのね」
肩に手が置かれました。
「聞いて欲しい事、たくさんあったのよ」
ミリは紡ぐように一つひとつ喋っていきました。
それはとても優しい夜の時間でした。
最初のコメントを投稿しよう!