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好き放題言いたいことを言った男は、結局、陽太のスマホを返してくれないまま、帰って行った。
陽太は、ノロノロと玄関のドアを閉めてから、その場でそっと自分の肩を抱き締める。
真夏だというのに、お風呂上がりでホカホカしていたはずの身体は、完全に冷えきっていた。
どうしたらいいのだろうか?
鷹城を守りたい。
あの、聴く人を幸せにするたくさんの曲を作り出す男を、こんなことで潰してしまうなんて、絶対にダメだ。
それにそもそも、鷹城のスキャンダルは、彼と陽太だけの問題では済まないのだ。
オリブルや、鷹城の親族が経営する彼らの所属事務所まで巻き込んで、日本を揺るがすような事態を招くことになるかもしれない。
以前にも、そう、鷹城と付き合い始めたばかりの頃にも、二人の関係を晒されそうになるピンチはあったが。
あのときとは比べ物にならないぐらい、今回は相手が悪い。
ランドルフはおそらく、鷹城とビジネスパートナーだったというぐらいだから、頭も物凄く切れて遣り手なのだろう。
人を出し抜いたり陥れたりということに慣れていそうな上に、悪巧みに必要な資金も潤沢に持っていそうで。
そして、日本の芸能界の力関係に全く影響されない、いわばジョーカー的な存在だ。
どんな駆け引きをすれば、彼と戦えるというのか。
同じ土俵にすら乗れない気がする。
そのとき、再び来客を知らせるチャイムが鳴った。
陽太はドキリとして、思わず息を潜める。
しかし、再び鳴ったその音が玄関前からではなくマンションのエントランスからのそれであることに気づいて、慌ててインターフォンに向かった。
カメラに写っているのは、バイク便の制服を来た若い男だ。
今度こそ、新しいスマホだろう。
鷹城の声が聞きたい。
そうすれば、例えランドルフの脅迫について相談することはできなくても、少しは呼吸が楽になれる気がした。
スマホを受け取り、電源を入れる。
既に、鷹城から何件もメッセージが入っていた。
『スマホ、無事に届いた?』
『ああ、もう、仕事なんか放り出してメチャクチャ君に触りたい』
『明日の午前中は時間が取れそうだから、君とデートしたいんだけど』
『俺とデート、してくれるよな?』
『愛してる』
『愛してる、陽太』
『何度でも言いたい、君を愛してる』
『君の声が聞きたい』
『電話、待ってる』
必死で文字を追っているのに、目の奥が熱くなって視界が霞んでくる。
いつもと変わらない、照れも臆面もない愛の言葉の羅列。
瞳に溢れる水滴を、スマホの画面に落とさないよう必死に堪えた。
声が聞きたいのは陽太のほうだ。
だけど、今はダメ。
鋭い鷹城は、陽太が泣いているのなんてすぐに気づくだろう。
脅されていることは、鷹城にだけは知られてはいけない。
もう少し気持ちを整えてからでないと、冷静に電話できないから。
愛の言葉が羅列された画面を胸に押し当てて、気持ちを落ち着けるために、どのくらいそうしてつっ立っていたか。
玄関のドアがカチャカチャと音を立てた。
陽太はハッと身体を固くする。
そんな陽太にお構いなしに、ドアは鍵が解除され、外側から幾分乱暴に開かれた。
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