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「ただいまぁ……って、陽太、何してるの、そんなとこで?」 びっくりしたような顔でそう言ったのは、バイトを終えて帰宅した彼の姉だった。 「てゆか、あんた、帰ってたの?あれ?今日だっけ?帰省するって言ってた日」 陽太は、目尻に残っているであろう涙を慌てて拭って、何でもないふうに答える。 「ナニソレ、久しぶりに会う弟に興味無さすぎじゃない?」 姉はケラケラ笑った。 「あんたに注ぐ興味は、ぜーんぶアオイ様に捧げてるの」 陽太の姉は筋金入りのOriental Blue(オリブル)ファンだ。 特に、ボーカルのアオイに命まで捧げる勢いで心酔している。 「えー?相変わらずそんなんだから、新しい彼氏できないんじゃないの?」 弟への関心の薄さに若干拗ねた気持ちになって、陽太はそう軽口を叩いたが。 「うるさいわねぇ、余計なお世話よ」 姉にはあまりダメージを与えなかったようだ。 それより聞いて、と彼女は大きなため息をついた。 「オリブルの出る夏フェスのチケット、取れなかったのよー!」 あんた、取れたの? 行きたいって言ってなかったっけ? こんなふうに、鷹城の曲を聴くためのチケット一枚に一喜一憂する人が、この日本全国にどのくらいいるだろう。 鷹城のスキャンダルが発覚して、そんな人たちを裏切ることになってしまったら。 鷹城も陽太も、何も悪いことはしていない。 ただ、好きな人と一緒にいたいだけ。 好きで好きでどうしようもないから、身体を繋ぎたいだけ。 好きなひとの身体に触れて、撫でて慈しんで、その体温と一つに融けたいだけ。 陽太はまだ学生だから、自分で自分のしたことの責任を全ては取れないかもしれない。 だから、安易に肉体関係を持つことは、いけないことなのかもしれない。 愛しているから、という言葉だけで、全てを許されるわけではないことは、もちろんわかっている。 それでも。 肉体関係を持つことを我慢してプラトニックな関係でさえいれば、世の中から祝福され、赦される恋というわけではないこともまた、現実だ。 「夏フェスの、チケット……」 もちろん、陽太の分は鷹城が用意してくれている。 陽太が、夏休みでとても楽しみにしていたことの一つだ。 陽太と同じように楽しみにしているひとが何万人といるはずだ。 そして、チケットが取れずに悔しい思いをしている姉みたいな人の数はどれほどいるかわからないぐらいに。 泣いてる場合じゃない。 なんとかしなくちゃダメだ。 ジョシュア・ランドルフに鷹城を断罪させてはいけない。 陽太にもできることが何か、あるはず。
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