4.

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丁寧なスタッフに案内されて、ゆったりとソファに陣取っている赤茶の髪の男の元に近付く。 彼は、鷹城の姿を見ると、あの人好きのする人懐こい笑顔を浮かべた。 鷹城は彼に何やら報復をした、と言っていたような気がするのに、そんな様子は欠片も感じさせない友好的な態度だ。 「Hi,Seiji.まさか一緒に帰国してくれる気になった?」 ニコニコとランドルフはそう言った。 対する鷹城は、向かいのソファにどかりと腰を下ろして、膝の上に陽太を乗せる。 展開についていけず、戸惑っていた陽太は、うっかり抵抗もできずにその膝の上に収まってしまった。 「んなワケねぇだろ。お前がちゃんと本国(ステイツ)に帰るか確認しに来たんだっつの」 さすがに限られた人間しか入れないラウンジだからか人影はまばらで、みんな他の人が何をしているかなんて気にも留めていないようだから、ガッチリ自分の腰をホールドしている鷹城の腕を振りほどく労力を使うのを諦めた陽太は、二人の会話の邪魔をしないよう身体をなんとなく縮こめる。 しかし、鷹城は、気配を消したいぐらいの気持ちの陽太を、そうはさせてくれなかった。 「それに、ちゃんと陽太に謝って貰ってねぇしな」 その言葉に、ランドルフはさすがに憮然とした表情になった。 「はあ?人の事業を二つも潰しかけておいて、よく言うよ……おかげで予定外に早く帰国しなきゃならなくなって。まだ日本をロクにタンノーしてないのに」 急にあの二社の株価が暴落したのが、君のサシガネなのは、もちろんわかってるんだよ? 鷹城は、友人(ランドルフ)のやや恨みがましい声音に、だから?と言わんばかりの不遜な態度を貫いている。 「俺は忠告したはずだ……俺の大切なモノにかすり傷一つでもつけたら、一生お前の敵に回る、と」 でも、他でもない、お前に脅されるなんて嫌な思いをさせられたこの可愛い天使が、お前と俺が全面戦争しないように一生懸命考えて動いてくれたから、それに免じて、たった二つの事業で済ましておいてやったんじゃねぇか。 「つうか、俺が小細工しなくても、お前んとこのあの二つの事業はそもそも長続きしなかったっつの」 ちょっと値下がりする流れを作っただけで、あんなに暴落するようじゃ、株価の信頼度が元からあんまりなかったってことだろうが。 「遅かれ早かれ同じ末路を辿る運命だったんなら、今回撤退しといて正解だと思うけど?」 俺の天使がそんなことまで気づかせるきっかけを作ってくれたんじゃねえか、涙を流して謝罪して感謝して貰ってもたんねぇぐらいだって。 「All right(わかったよ).I give up(降参だ).」 大きくため息を吐いて、肩を竦めたランドルフはしおらしげに言った。 「君を脅したりして悪かったね、子猫ちゃん」 「いえ、あの……」 陽太は、鷹城の腕の中で言葉を探す。 確かに、人を脅すなんて悪いことだ。 でも。 「鷹城さんと離れなきゃいけないかもって思ったのは怖かったですけど、こういうこともあるから気をつけないといけないって、いろいろ考えるきっかけにはなったので、ある意味よかったというか、その」 そこまで言ったところで、頭の上から軽いため息が聞こえた。 「君はほんっと天使すぎるから、マジで」 こんなやつ(ジョシュ)に、そんな神対応必要ないから。 鷹城の呟きに、陽太は顔を仰向けて視線をそのひとに向ける。 「そうじゃなくて……」 神対応とかじゃなくて、本当に、今後も鷹城を欲しがるひとはきっとたくさん出てくるはずだ。 こんなに才能に溢れているひとなんだから。 そういう人たちは、鷹城が陽太に固執している限り、必ずそこに駆け引きのきっかけを求めてくる。 そういうときのために、普段から危機管理をきちんとしていなくてはいけない、ということを、陽太は今回学んだのだ。 「そうじゃなくて、鷹城さんに才能がありすぎるのが問題なんですよ?」 みんな、貴方が欲しいんです。 ―――つまり、俺も、ですけど。 俺の場合は、才能じゃなくて、貴方自身が欲しいんですけどね? ランドルフもいる前で鷹城に伝えるには少し抵抗があったので、陽太の内心のそんな想いは言葉にはしないけれども。 「才能?そんなもん、くそくらえだけどな」 鷹城はフン、と鼻を鳴らした。 だけど、仰向けに自分を見上げる陽太には完全にノックアウトなのだろう、可愛すぎて見つめてられないけど見ていたい、と視線をさ迷わせながら、どうでもいいことのように言葉を続ける。 俺にとっては、株価を読むのも音楽を創るのも同じようなもんだ。 そこに美しい旋律があるかどうか。 数字の変動や配列も、経済がどうのとかを読むんじゃなくて、その流れに美しさがあるかどうか、だ。 「そんな直感だけでマネーゲームをしてる胡散臭い男に資産を預けて、投資やら投機やらをやらせようと思う奴らの気持ちがわからねぇっつの、俺には」 「そんなお遊び感覚で、軽々と数十億ドルを稼ぎ出すんだから、君をみんなが欲しがるんだよ、Seiji」 目の前の恋人たちが、あまりにも甘ったるい空気を醸し出していることに若干辟易しながら、ランドルフがピシャリと言った。 「ワタシはとりあえず諦めるけれど、君はもう少し危機意識を持ったほうがいい。恋人がそんなに大切なら、もっと厳重に囲い込むべきだ」 「そんな必要はない。誰にも陽太には干渉させない」 鷹城は、その一瞬、ギラリと瞳を揺らめかせた。 瞬きの間だけの、ほんの一瞬。 「陽太は俺の旋律の源(メロディメーカー)だ……この可愛いひとがもしも喪われたら、俺はもう曲を創ることも数字を読むこともできなくなる」 「そんな言葉を真に受けてくれるような相手ばかりじゃないのはわかっているだろう?大人しくワタシと手を組んでいれば、くだらないザコには近寄らせないのに」 ランドルフは大仰に肩を竦めて、そしてヤレヤレと言わんばかりにため息を吐いた。 「どうしても手に負えない相手がいたら、力になってやれないこともないから、少しは(トモダチ)を頼ってくれるか、Seiji?」 「法外な対価を求めねぇならな」 鷹城も、肩を竦める。 そして、陽太をひょいと抱き上げて立ち上がった。 「しばらくは本国(ステイツ)で、陽太を脅したオトシマエをつけてくるんだな……ミソギが済んだら、また遊んでやらないこともねぇし。お前次第だ、ジョシュ」 そう言い残して、話は済んだ、とばかりに彼はその場を後にした。 陽太には話がよくわからないこともあったけれども、なんだかんだ言って、鷹城とランドルフは結構仲良しなのかもしれない、と思う。 二人が決定的な決裂をしないで済んだのは、だからたぶんよかったのではないか。 「鷹城さん?」 「Uh-huh?」 「あの、そろそろ降ろして貰えませんか?」 「ムリ。陽太が可愛すぎて、手を離せない魔法にかかっちゃったし?」 楽しそうに、鷹城は意味不明なことを言って笑う。 「でも俺、鷹城さんと手を繋いで歩きたいです……その、デートみたいに」 せっかく、空港なんてデートスポットみたいなところにいるのだ。 陽太がそう言うと、鷹城は突然悶え出した。 「Awwwww!」 「え……あの、鷹城さん?ど、どうかしました……?」 「つかさ、もー、なんで俺の恋人はこんなに可愛いんだろ、マジで」 ダメ、もうダメ、そんなのダメすぎ。 可愛過ぎて反則っつか、いや、もうそんなのイヤってほどわかってるけど、わかってんのに、この衝撃スゲー。 カワイイの破壊力、地球崩壊レベルだし。 しばらくそんなようなことをブツブツ呟きながら、ぎゅうぎゅう陽太を抱き締めていた鷹城は、ようやく陽太の足を地面に着けてくれた。 そして、手のひらを差し出しながら、どこかはにかんだふうに訊いてくる。 「陽太、デートしてくれる?俺と」 「もちろんです」 陽太は、差し出された鷹城の手をそっと握った。 「飛行機、見に行きましょう?」 あの大きい機体が浮き上がるとこ、見ると興奮しますよね? ウキウキとはしゃいだ声でそう言う陽太に、鷹城は更に唸りたくなるのをなんとか堪えた。 飛行機なんかが飛ぶとこを見るぐらいでそんなに喜んでくれる君を見てるほうがコーフンするけどな、俺は。 そう言いたいところを、声にはしないで呑み込む。 せっかく喜んでくれてる恋人に水を差すような真似はしたくない。 繋いだ手が暖かいから。 陽太の跳ねるような足取りが、鷹城の頭に新たな旋律を浮かび上がらせるから。 本当に可愛くて可愛くて堪らない。 確かに、ジョシュの言うとおり、護衛(ガード)をつけたほうがいいのかもしれない。 この可愛いひとに、どんな傷もつけたくない。 苦しいとか辛いとか悲しいとか痛いとか、そんな負の思いは何一つさせたくない。 でもきっと、陽太は護衛をつけたら、そのひとを気遣うようになる。 自由に動き回りすぎると護衛が大変だろう、とか、人混みは避けたほうがいいかな?とか、小さな気遣いが積もり積もると、物凄く不自由で窮屈な生活になってしまうはずだ。 更には、自分のせいで護衛に何かあったら、それこそ立ち直れないぐらいのダメージを受けるかもしれない。 天使のごとく優しい陽太には、それが護衛の仕事なんだから、なんていう割り切りはできないだろう。 それに。 護衛といえども、四六時中陽太の側に自分でない人間がいるのは嫌なのだ。 それが酷く身勝手な独占欲なのはわかっている。 それでも。 ここは日本という平和な国で、本国(ステイツ)からは遠く離れている。 鷹城があの国を離れてからは、もう随分経っているのだ。 ランドルフのように、いつまでも過去の栄光を崇めるお国柄ではない。 そのことに、もう少し甘んじていたい。 もしも、それでも、過去からの亡者が追いかけてくると言うのなら。 返り討ちにして、二度とそんな気を起こさないように再起不能にしてみせる。
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