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鷹城の自宅マンションは、普通に見上げても圧を感じる超のつく高級マンションだが、道路より一段低い河川敷から見上げるとより重厚な威圧感を覚える。 天まで届きそうな高層マンションの立ち並ぶ都内にあってはそこまで(そび)え立つような高さはないけれども、川に面しているために辺りが拓けていて、最上階のその部屋からは都内を一望できる見事な景色が望めるのを、陽太はよく知っている。 鷹城のようなセレブが住むには、地区的にも華やかさに欠ける少し地味なマンションに見えるが、六本木や赤坂といったいかにもな場所に立つマンションにひけをとらない、家主のセンスの良さがよくわかる住居だ。 陽太は、ジョギングで少し乱れた息を整えながら、その最上階の部屋を見上げていた。 やっぱり留守なのだろう、灯りが点っている様子も人の気配も感じられない。 わかっていたことなのに、なんとなくガッカリした気分になる。 つい数時間前まで一緒にいたのに、もう恋しくなっているなんて。 そんな自分がちょっと恥ずかしい。 鷹城は、そんな可愛い執着はもっとしていーのに?むしろ嬉しくてメチャクチャコーフンするし、と笑うけれども、陽太はそういう自分をなかなか肯定できそうにない。 そうして鷹城の留守を確認していることが、なんだか悪いことでもしているような気がして、彼は踵を返して自宅までの帰路につこうとしたが。 ふと、川原より一段高い位置にあるマンション前の道路に、自分と同じように最上階を見上げている人がいることに気づいた。 赤毛に近い茶色の髪と、ガッシリとした骨太な体格、そして鷹城と同じぐらいの長身から、どうやら日本人ではなさそうだ、ということが見てとれる。 鷹城はハーフでアメリカ育ちだから、彼の知人なのかもしれない。 わざわざ訪ねてきたのに留守で、困っているのだろうか? 陽太は、思わず耳からイヤホンを引き抜いて、土手を上った。 そもそも鷹城の知り合いだと決まっているわけでもないし、声をかけたところで彼にもどうすることもできないのに、困っている人を放っておけない生来の陽太の優しさが、ウッカリそんな行動を招いてしまったのだ。 「あの……」 つい声をかけてから、我に返る。 待てよ、この人、日本語通じるのか? 振り返った相手は、遠目で見立てたとおり、明らかに日本人ではなかった。 彫りの深い顔立ちに、美しい翠の瞳。 彼は、陽太と瞳が合うと、人懐こくニッコリと笑った。 そして、その口からは流暢な日本語が流れ出る。 「君、このCondminium(コンドミニアム)に住んでいるの?」 鷹城との付き合いで、随分以前よりは苦手ではなくなった英語だが、陽太はあまり得意ではなかったので、少しホッとした。 「あ、いえ、友人が住んでて」 「そう……ワタシも友人に会いに来たのだけれど、留守のようだ」 そう言って、その人は困ったように肩を落として力無く微笑む。 「仕方がない、ここで少し待ってみる」 陽太は迷った。 その人が鷹城の知り合いかどうかは一旦置いておくとして。 彼のポケットに入っている実家の鍵がついたキーホルダーには、現在住んでいる北海道のマンションの鍵と、そしてこの鷹城の東京のマンションの鍵もついている。 それは、恋人関係になってまもなく、鷹城がくれたものだ。 俺のものは全部君のものだから。 もちろん、俺自身も含めて全部、だからな? 返品は認めないし、貰ってくれるよな? その鍵を使えば、せめてこんな暑い路上ではなく、空調の効いたマンションのエントランスロビーで待つことができるだろう。 でも、自分の家でもない鍵で、通りすがりのどういう人かもわからない相手をエントランスに入れてあげてしまっていいものか。 でもでも、もしも、この人が鷹城を訪ねてきたのだとしたら。 たぶん、今日彼は遅くまで戻らないはずだ。 この日本の夏特有の蒸し暑さの中で長時間待っていて、具合が悪くなったりしないだろうか。 「それにしても、日本はアツイな」 君の友人も留守なのか? 額の汗をハンカチで拭いながらも愛想よくニコニコとそう問われ、陽太はおずおずとポケットから鍵を出した。 「あの、ここは暑いから、エントランスに入りましょう?」
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