1.

4/8
前へ
/32ページ
次へ
結論から言うと、ジョシュア・ランドルフと名乗ったその人は、やはり鷹城を訪ねてきたらしかった。 マンションのエントランスに入ると、彼は物怖じすることなくコンシェルジュのところへ行き、鷹城の部屋番号と名前を出して、彼が留守かどうかわかるか、留守ならばいつ頃帰ってくるのか、などと矢継ぎ早に質問したのだ。 そのテキパキとした様子から、彼は人に命令したり指示したりすることに慣れている、いわゆる人の上に立つ立場の人なんだろうな、ということが容易に想像できた。 もちろん、その上品な初老のコンシェルジュは、大変申し訳ありませんが住人のプライバシーについてはお答えできません、と丁重に質問をはね除けていたけれども。 人の上に立つ立場の人とは言っても、ランドルフは傍若無人なタイプではないようだ。 コンシェルジュの答えに、それもそうだな、貴方の職務遂行を妨げるような質問をしてすまない、と素直に謝罪してすんなり引き下がった。 そして、ロビーのソファのところでこの後どうしたものか、とやや途方に暮れていた陽太のところへ戻ってきて、首を傾げる。 「君は、鍵を持っているのに、どうして部屋に入らないんだ?」 君の友人は、君に部屋で待っていろということで、鍵を渡したのだろう? そう問われて、陽太は返事に困る。 鍵は預かっているだけで、留守なのがわかっているのに勝手に部屋には入れない、と説明しても、その日本人的な気の使い方の意味が、ランドルフにはよくわからなかったようだ。 「それに、あの、俺、もうそろそろ帰らないと」 鷹城の知り合いだとするならば、彼はたぶんそうすぐには帰ってこない、と教えてあげるべきか迷いながら、陽太はそう言って口ごもる。 そのとき、陽太のスマホが着信を知らせる音を奏で始めた。 タイムリーにも、かけてきたのは鷹城だ。 陽太は、ランドルフにペコリと頭を下げてから、電話に出る。 「陽太?My sweetie,今何してた?」 もしもし、と言う隙も与えられず、鷹城の声が急いたようにいきなり耳に響く。 「えっと、今、ジョギングしてて」 「ジョギング?Oh my gosh!! 川原か?一人で?変な奴に襲われなかったか?」 「大丈夫ですって、まだ全然暗くもないですし」 鷹城さんはヘンな心配しすぎ、と言ったところで、目の前に立っている男が、その名前に目を見開くのがわかった。 「それで、あの、今実は、鷹城さんのマンションのエントランスにいて」 何やらまだ変質者がどうの、と電話口の向こうで捲し立てている鷹城を、陽太は少し早口で遮る。 「Uh-huh?」 「それで、その、鷹城さんにお客様が見えてるみたいなんですけど」 「客?」 鷹城の声が、幾分訝しげに険しくなった。 「陽太、今すぐ電話を吉村さんに替わって」 吉村さん、とはマンションのコンシェルジュの方の名前だ。 「え?えっと……」 陽太は困惑しつつ、コンシェルジュのほうへ歩を進めようとしたが。 目の前に立っていたランドルフが、早口の英語で何か言った。 「I found you.(見つけた!)You're his treasure.(君が彼の宝物なんだな?)」 そして。 スマホをひょいと取り上げられる。 「Hi,Seiji.I'll be holding your treasure.(セージ、君の宝物は預かるよ)」 早口過ぎて何を言っていたのか聞き取れなかった陽太は、キョトンとして、ランドルフがそのまま通話を切ってしまうのを見ていた。 彼は通話を切った陽太のスマホを、そのまま自分のジャケットのポケットに入れてしまう。 それから、ニコニコと人懐こい笑顔で言った。 「さあ、行こう」 「え……?」 「君が、セージの恋人のヨータ、だろう?」 あの何一つ弱点のない難攻不落な男の、唯一のアキレスの(かかと)
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

884人が本棚に入れています
本棚に追加