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エピローグ
「え!バイク?!」
陽太は、ひっくり返った声を上げた。
目の前には、やたらにゴツい大型バイクが停車している。
車やバイクに詳しくない陽太にも、これはもしかして、大型バイクと言えば日本人が真っ先に思い浮かべるハーレーってやつ?とわかってしまう堂々たる車体だ。
「陽太、ゴールデンウィークのとき、龍大と聖のバイク、羨ましがってたじゃん?」
だから、フェスにはこれで行くから。
またあいつらのバイクに見惚れたりするの、禁止な?
なんでもないことのように言われて、陽太は開いた口が塞がらない。
ちなみに、龍大は陽太の高校時代の友人で、聖はその恋人だ。
ゴールデンウィークに北海道へツーリング旅行に来た二人に宿泊場所としてマンションのゲストルームを提供したとき、同じOriental Blueファンだということで意気投合した陽太と聖は、この夏、オリブルが目玉として出演する大型ロックフェスに一緒に行くことになっていた。
陽太がこの夏、最も楽しみにしていたイベントだ。
「で、でも俺、バイクに乗るの初めてなんですけど……」
「大丈夫、君は後ろに跨がって、俺の腰に掴まってるだけでいいから」
このモデルは、タンデムシートに背もたれも肘掛けも完備で、初心者でも楽に乗れるはずだから、何も心配ないよ?
「ちょっと乗ってみて、この辺を一周してみる?怖かったりしんどかったりしそうなら、今回は車にするし」
鷹城の提案に、陽太は少し瞳を輝かせて頷いた。
陽太もやっぱり男の子だ。
かっこいい大型バイクを目の前にして、ワクワクしないわけはない。
「鷹城さん、大型バイクの免許も持ってたんですね」
「まあな?アメリカでは結構ヤンチャしてたしな」
もちろん、君を後ろに乗せてたら、メチャクチャ安全運転するから安心して?
そんなわけで、バイクのタンデム初体験――いや、そもそもバイクに跨がるということ自体が初めてだったわけだけれども――した陽太は、しかし、想像よりもずっとそれが楽しいことを知った。
鷹城は準備万端に、走行中も会話できるようインカムも用意してくれていたし、おそらくタンデムシートは快適さを追求して相当カスタマイズしてくれていたようで、長時間乗っても全然疲れなそうだった。
何より、風を切って走ることの気持ちよさと、そして、車とは違って鷹城の体温が近くて一体感があることが、とても心地よくて。
「じゃあ、これで行くってことでイイ?」
頬を上気させ、キラキラした瞳になった陽太を、眩しそうに見つめて、鷹城は尋ねる。
こんなカワイイ顔をさせるなんて、バイクにまで嫉妬する自分が、狂気に片足突っ込んでる執着系偏愛者だという自覚はある。
陽太がそれを拒まずに受け入れてくれているから、犯罪にはなっていないだけだ。
「はい、バイク、すっごい楽しいです!鷹城さんは、いっぱい凄い才能が溢れてるひとですけど、俺を楽しくさせる天才でもありますよね……本当に、いつもありがとうございます」
――大好き、です。
小さく付け足されたその一言が、どれだけ鷹城を高揚させて更なる執着を煽るのか、なんて、そのひとは気づきもしないだろう。
鷹城の内面の怖すぎる葛藤なんて全く知るよしもなく、無邪気にそんなふうに言って喜んでくれる陽太が、いとおしくていとおしくて仕方ない。
「よし、じゃあ、行こっか?」
荷物を積んで、バイクに跨がる。
フェスには、オリブルがトリで出演する最終日のみの参戦だけれども、初めてのタンデムツーリングで日帰りはキツいだろうとその前後で二泊して帰ってくる予定だった。
もちろん、龍大と聖にも同じホテルに泊まって貰うよう手配してある。
せっかく久しぶりに会える友達と、フェスの会場で少し顔を合わせるだけじゃ物足りないだろうと思ったのだ。
陽太を楽しませるためなら、労力も費用も少しも惜しくない。
そのひとを独り占めできないという嫉妬に焼かれる苦しみにさえ、喜びを覚えるほどに。
腰につけたタンデムベルトをそっと掴む陽太の手の重みを感じるだけで、鷹城はため息が漏れるほど幸せだと思う。
きっと陽太はフェスも存分に楽しんでくれるだろう。
楽しそうに笑っていてくれる陽太が隣にいてくれるだけで、他には何もいらない。
だから、その笑顔を、何があっても守り抜いてみせるし、絶対に手放したりしない。
バイクのエンジンを吹かしながら、鷹城はそう改めて心に誓っていた。
fin.
2019.10.08
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