第7話 扉を開けてみたら

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 耳を澄ましながら(あた)りを警戒し進むが、どうやらこの階には誰もいないようだった。  どころか、物音一つ聞こえない。まるで夏休み中の学校のようで、少し不気味である。  早足(はやあし)に進み、1階分階段を降りると、渡り廊下があった。 「これを渡ると南棟、だよね?」  廊下の壁に、「南棟」と矢印付きの案内表示が張り付けてあった。  よし、と気合を入れて(ほうき)を握りしめ、渡り廊下を歩く。  窓から見える景色は、右手に運動場らしき広場が、左手に青々とした木々が()(しげ)る中庭と、遠くに建物が一つ見える。  渡り切ってキョロキョロと左右を見渡すと、シンッとして誰の姿も廊下になかった。  1階まで降りて・・・・・・。  階段を見つけて降りていくと、下から声が聞こえた。  ――まずい、誰か上がってくる。  とりあえず今いる階のどこかに隠れてやり過ごそうと、階段を離れてパタパタと廊下を走る。どの部屋に逃げ込もうか目移(めうつ)りしていると、左斜め前の部屋のドアが開いた。  何の前触れもなく開かれたドアを見て、未汝は足を止める。  心臓がバクンバクンと耳元で音を立て、(ほうき)を持った手が急激に高まった緊張感で、かすかに震える。脳裏(のうり)で、“見つかった”と危険シグナルが点滅(てんめつ)した。 「何か飲み物を取ってきますから、未沙姫、サボらないでお勉強続けてて下さいね」 「分かってるわよ、架名」 「すぐ戻りますから」  部屋の中にいる未沙の返答に苦笑した架名が、ふと気配を察して、続く廊下へと視線を向けた。未汝の姿を認識すると驚いて息を飲み、目を見開く。  ――まずい。 「!!!く・・・曲者(くせもの)だっ!!警備兵っっ!!」  声を張り上げて知らせ、架名が部屋のドアを閉めて、未沙を守るように瞬時に身構(みがま)える。  筋骨(きんこつ)隆々(りゅうりゅう)というわけではなさそうだが、それでも筋力差は当然ある。捕まえようと動かれれば、この逃げ場のない廊下では到底逃げ切れるものではない。  未汝は、汗ばむ手に持つ(ほうき)をぎゅっと握りしめる。  あちらが動いた瞬間に、殴りかかるしかない。そして中にいる未沙姫と呼ばれた女の子を、人質に取るしか―――。  息を殺して、全神経を男の一挙手一投足に集中させる。まるでそこだけ時間の流れが変わったように、1秒がとても長く感じられた。 「架名?曲者(くせもの)?」  未沙の(いぶか)しむような声が聞こえて、そっとドアが少しばかり開かれ、その隙間(すきま)からひょこっと顔を覗かせた。  未汝の顔を見て目を瞬かせて観察した未沙は、はっとした表情をする。 「姫!!」  問われた声と気配で察したのだろう、目を向けることなく未沙の状態を把握した架名が、ぎょっとした顔をして慌てる。 「曲者(くせもの)だって申し上げたでしょう!!出てこないで下さい!!」  後ろ手でドアを閉めるように押すと、未沙は部屋には戻らず、そのドアを押し返して廊下へ出てきた。 「ちょっ・・・・・・!!!」  架名が未沙を背に(かば)う様に後退すると、階下からカチャカチャと金属の(こす)れる音が(せま)ってくる。  架名の張り上げた声を聞いた警備兵がやってきたのだ。 「大丈夫よ、架名。警備兵、問題ないから()がっていいわ」  落ち着いた声で()がるよう指示を出す未沙に、架名が理解出来ないとばかりの表情をして、自分の隣に立つ姫に目を向けた。 「・・・・・・姫、失礼ですが曲者(くせもの)の意味、ご存知ですか?」  頭のネジでも飛んだ?それとも俺、どこかで教育間違えたかな?そう目で語る架名に、未沙が苦笑いする。 「知ってるわよ?ちゃんと正気。ただね架名、この子を曲者(くせもの)と判断するのはちょっと・・・・・・」 「見かけで判断されては・・・・・・。あ、ちょっと姫っ!!」  未沙は止めようとする架名の腕の下をくぐり、(ほうき)を握りしめ立ちすくむ未汝の傍に歩み寄った。  架名も、未汝の背後に控える警備兵も、困惑しながらも未沙に何か危害を加えられぬよう、すぐ動けるように未汝の一挙手一投足に注視(ちゅうし)する。 「この者が失礼致しました。私は竜華燕国国王の娘、名を未沙と申します」  未汝から数歩の所で立ち止まり、スカートの(すそ)を少し()まんで軽く膝を折る未沙に、未汝は思わず見惚(みと)れる。その上品な仕草(しぐさ)洗練(せんれん)され、まるで映画に出てくる姫君そのものだ。 「あ・・・・・あの・・・・・っ」  何故一国のお姫様が、侵入者の自分に丁寧に名乗ったのか?いやそもそも、そんな身分の高い人に一般庶民である自分が話しかけたら、不敬(ふけい)(ざい)に問われたり、とか・・・・・・。  自分で自分の末路(まつろ)を想像してしまい、さあぁと青くなる未汝に、未沙は優しく微笑む。 「大丈夫、恐がらなくていいの。私は貴女(あなた)曲者(くせもの)とは思っていないわ。・・・・・未汝ちゃん、よね?何故ここに?」  敵意はないと伝えながら知らないはずの名を口にする未沙に、未汝は更に困惑する。 「何で、私の名前・・・・・・」 「それは・・・・・・私の口からは言えないわ。文花のお仕事だから」  困った顔で口元に人差し指を一本立てて微笑む未沙は、とても可愛らしい。  未汝は真っ白になりかけた頭で、何故ここに?の問いに答えるべく、説明しなきゃと心をはやらせた。 「それがよく分からなくて・・・・・・。その、地震が起きて(かぎ)を手にしたら・・・・・・」  未汝がしどろもどろになりながら説明を始めた途端(とたん)、未沙が目を(みは)り、上体(じょうたい)が揺れて足元をふらつかせた。  様子を見守っていた架名は、慌ててふらふらと数歩後退した未沙の肩を抱きとめる。 「未沙姫?」 「ごめんなさい・・・・・、ちょっと、眩暈(めまい)が・・・・・」  体を抱きとめてくれた架名の胸元にそっと手をついた未沙が、目が回ったように顔を片手で(おお)う。 「眩暈(めまい)?貧血ですか?」  心配そうに聞き返す架名に返事をしようと、架名を見上げるように顔を上向かせた未沙はしかし、そのまま意識をコトリと失った。  体から急に力が抜けて腕の中に倒れ込む未沙を抱きとめると、架名が慌てて(かた)(ひざ)を床につき、未沙の肩を抱いたまま立てた(ひざ)に座らせる。 「姫?未沙姫?」  意識を失った未沙の身体を自分の肩に寄り掛からせて、口元に手を(かざ)して呼吸を確認する。未汝の背後にいる警備兵達も、どう動くべきか判断しかねたように顔を見合わせた。  どうしたものかと判断に迷ったその時、階段を、神官の文花が駆け降りてきた。  警備兵達が文花の姿を認めると、指示を(あお)げそうな人が来てくれたと困惑顔をキリリと(ただ)す。 「お探ししました、未汝姫」  文花が開口一番に、未沙が口にしたのと同じ名を呼んだ。  未沙を抱えた架名も警備兵達も、耳を疑うように瞠目(どうもく)して文花を凝視(ぎょうし)する。 「え・・・・・?何で私の名前知ってるの?前に、どこかで会ったことありましたっけ?」  呼ばれた本人は困惑顔だ。  誰だったっけか?と頭の中の引き出しを、あちこち探していると思われる表情(かお)をしている。 「そうですね、随分昔にお会いしています。覚えていらっしゃらないのも、無理はありませんが・・・・・・」  慌ててきたのか、呼吸が少し乱れている。  それを深呼吸して正しながら、文花は未汝の横を通り過ぎ、架名の(ひざ)に座らされている意識のない未沙の(そば)に片膝をつき、その手首を取って脈を測った。 「・・・・・・正常ですね。伝え聞いた通りになりましたか」 「文花様、一体・・・・・・?」  話が見えないと架名が目で訴えると、文花が()ずまいを正す。 「架名、未沙姫は眠っているだけですので、安心して下さい。詳しい説明は後程(のちほど)。とりあえず、未沙姫を自室へ寝かせたら王室へ。王がお待ちです」 「(かしこ)まりました」  架名が未沙を横抱きに抱えて立ち上がり、未沙の自室へと向かう。  それを見送って、文花は未汝の後ろに立つ警備兵に目を向けた。 「貴方(あなた)がたも。この場は私が預かりますので、持ち場に戻って頂いて構いません」 「は。では失礼致します」  姿勢を正して頭を下げ、その場を後にする警備兵を見送って、文花は残された未汝に目を向けた。 「未汝姫はこちらへ」  (うなが)されて、傍にある一室に案内された。
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