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第11話 養父さんは心配なんだ人事の真相
その頃、南棟6階の王室(いくつかある執務室のうち、国王がよくいる執務室という意味で、俗に王室と呼ぶ)に、りなの兄である架名が訪れていた。
文花に言われた通り未沙を自室のベッドに寝かせてから、状況を聞く為に来たのである。
この宮木兄弟は、両親を何者かに目の前で殺され、国王夫妻の戸籍外養子として育てられた。
引き取られたのは約10年前。架名が8歳、りなが5歳の時である。
その頃から宮廷の兵と同じような訓練を受けたり、文花に勉強を見てもらうなど、義務教育として学校に通う代わりにハードなスケジュールが組まれた。このスケジュールをこなすのは至難の業とも言えるであろうに、兄弟はそれを懸命にこなしていった。
養い親となった牧は、幼い子供にはキツすぎると言ったが、周囲の反対を押し切ってそれをこなそうとする兄弟を温かく見守り、自分の子供同然に扱ってきたのである。無理をし過ぎる時には本人の意思を無視してでも休ませるようにするなど、常に兄弟の様子を見守るようにしていた。
兄弟は何事にも努力を惜しまなかった。両親が亡くなったことを自らで受け止め、その悲しみに暮れることなく互いを助け合っていた。
その甲斐あってか、訓練でも上位につき、勉学でも優秀な結果を出すようになり、普通の人が10年以上かけて学ぶものを、たったの5~6年で大学卒業程度の学力を身につけてしまった。
王閣は万年人手不足だ。どうせならと大学院卒業資格を得る為の勉強もしながら、兄の架名を未沙のボディガードとし、弟のりなは牧の政務の手助けをするように、それぞれ職に就けたのである。
「・・・・・・そのまま自室へお連れし、今はお休みになられています」
「そうか。ご苦労様、架名」
未汝の父でありこの竜華燕国の国王、鈴香牧の言葉に、架名はホッとした。苦手な報告という仕事を無事に終え、本題である状況説明を待つ。
「それで、まぁ聞いたとは思うが・・・・・・」
架名は本題であるその内容を聞き逃すことがないように、再び意識を集中させた。
「未汝のボディガードとしてりなを就けたのだが、そうすると政務の補助をしてくれる人がいない。そこで架名、りなの代わりにやってくれないか?もちろん、予算案等はりなにやらせるが」
何度も言うが、万年人手不足の王閣だ。りな一人が担っていた仕事量も半端ではない。そんなりなにボディガードの仕事をさせ、今まであまり政治には関与してこなかった架名を入閣させようという牧が何を考えているのか分からない。
「私はりなほど頭が良くはないので、同じようにこなすことができるかどうか・・・・・・」
「だが、俺よりは賢い。慣れればこなせるようになると思うが?」
架名はその言葉を聞いて、「足を引っ張るかもしれませんが?」とお伺いを立て、牧は笑いながら「別に構わない」と答えた。
「では、やってくれるな?架名?」
「はい」
架名の首肯に、牧は満足そうに微笑んだ。
「さて、じゃあ本題だ。架名、そこに座れ」
牧はそう言って、架名にソファーを示した。そして、「小雪」と傍で書類に目を通している女官を呼ぶ。
「はい?」
小雪は手元の書類から目を離し、牧へと目を向けた。
「今から少し休憩しても構わないか?しばらく、プライベートということになるが・・・・・」
「構いません。残りの政務を後できちんとやっていただければ」
仕事してくれれば構いませんよと言外に語る小雪に、牧が苦笑する。
「まぁそうだな、その書類を見るに今日中に片付けた方が良さそうだから、終わったら片付けよう」
「お願い致します。・・・・・退室した方がよろしいですか?」
「いや、いてくれて構わない」
小雪が軽く礼をして仕事を再開すると、牧は立ち上がって架名の向かいのソファーへ座る。
現国王、鈴香牧。
後に歴史の本には慈悲深い改革王と称されることになる国王であるが、華菜に出会わなければ、今頃は一般人として平凡に人生を送ったであろう人物である。
「文花から、事の次第は聞いたか?」
「いえ、詳細は後程と伺っています」
それを聞いて、あいつ、未汝と美里とりなに説明するから架名にまで同じ説明は面倒だと俺に仕事投げたんじゃないだろうなと心の中で呟く。
そういえば昔、「昔々あるところに」と『時空の法則の話』を子供達を寝かしつける時に華菜が話して聞かせていたのを思い出した。一から説明するのは面倒だ。
「そうか。ちなみに架名、妻の華菜に昔々あるところにって話を聞いた記憶があるか?」
「昔々あるところに?昔話ですか?桃太郎とか、浦島太郎とか、そういう?」
「いや、今回の件に関する話だと思うが」
この件に関しての昔々から始まる話・・・・・・?と架名が腕組み考える。
すると、脳裏に引っかかるものがあった。もしかして、あれか?
「昔々あるところに、可愛い可愛い女の子がいました。その女の子は開けてはいけないと言われていたとある扉を開き、過去に落ちてしまったのです。そこで出会ったのは、何とも夢のない、現実主義で頑固で無駄に頭だけはいい青年でした。って話は聞いた記憶が・・・・・確か、時空の法則とか言う法則があって、二人の子供を未来と過去に置いて様子見するとか何とか・・・・・・・そう言えば結末がなかったな、あの話」
牧は黙って架名が思い出す話を聞くと、眉根を寄せた。
そこで出会ったのは、何とも夢のない、現実主義で頑固で無駄に頭だけはいい青年って、もしかしなくても俺のことか。
「時空の法則の話を聞いているなら話は早いな。それが現在の状況だ。俺が過去の人間であることは架名、知ってるよな?」
「はい、一応」
情報としては知っている。普段の牧を見ていても、全くそんな風には見えないのだが。
「双子は別々に育てると同一のものを見失い同一の意識を持つと言われている。未沙と未汝はその為、時空の法則上同一人物と認識されてしまう状態だ。だから未沙は意識を失ってこの時代に存在していないかのように振る舞うことになった」
「成程、眠ってしまえば意識はないから同一人物も存在しない、ということですね。でも、どちらをどちらの時代の人間とするかなんて、勝手に決めてしまっていいものなんですか?」
「いいところに気が付くな。その通り。だからこの試練が用意されている。華菜は正式には王女と呼ばれたのに未沙は姫だ。一人前でないから王女と呼べない理由もそこにある」
「不安定な存在を王女として認定するわけにいかないわけですね?国としては。それで?その試練はどんなものなんです?」
「話が早くて助かる。未汝が成人するまでに、この未来に自力でこられたら、両者に王女となる資格を持たせる。そしてその日から一年以内に同一の見失ったものを見つけられれば両者を王女とし、自分達でどちらが未来に残るかを決めることができる」
「メリットばかりではないんでしょう?試練、というからには」
「ああ。一年以内に見つけられなかった場合は、未汝はこの世界から人々の思い出ごと消滅し、過去の人間となる。逆に、見つけていないのに未沙を起こした場合は、未沙に関する思い出は全て消滅し、未沙が過去の人間になる」
架名の目が鋭く細められたが、牧は気付かない振りをした。
「それは随分厳しい罰ですね。ちなみに、王達の記憶も?」
「それは何とも。俺が過去の人間だから、俺には記憶が残るのではとも言われている。が、実際は分からない。未沙が既にこの同一の見失ったものを見つけているから、これが少しは有利に働くのではと期待しているが、予測通り眠ってしまったからな。今の状況を見る限りどうなるかは分からない」
「じゃあ、是が非でも未汝姫には見つけて頂かなくてはならないわけですね」
架名が何とはなしに言うと、牧が目を瞬く。
「それはまぁその方が嬉しいが、架名には未汝に思い入れなどないだろう?」
「ありませんが、初見で妹だと見抜いた未沙姫が悲しみそうですからね。何も手伝わなかったとなれば責められそうですから。兄弟欲しそうでしたし、一緒に過ごせるとなれば喜ばれるのでは?」
「未沙が、か?」
「ええ。ちなみに今からもう一人作るつもり・・・・・・・?」
「ない」
それはそうか、この時空の法則で縛るなら、普通に考えて子供は偶数でなくてはならない。
「未沙姫が見つけてるってことは、答え分かってるわけですよね?」
「予測はついている、という状態だ。未沙もこんなようなこと考えた、くらいにしか分かっていないようだし」
「ちなみに、ヒントは?」
「ヒントか?さっきの言葉の中にあるぞ。この法則の主旨だ」
法則の主旨?と架名が頭の中で思い起こす。
―――同じ人物は存在しないってことだったよな。
「別の人物になればいいわけか。で、未沙姫は答えに辿り着いた。あれ?分かったんなら別の意識があるんじゃ?」
「ない、と法則に判断されたから未沙は眠ったんだろう?」
言われてみればそうだ。でなければ未沙は眠ったりしなくて済んだはずだ。
「そっか。長期戦になりそうだな、りなが予測して見つけてくれたりしないかな」
「何でそんなに他力本願なんだ架名。手伝うんじゃなかったのか?」
「賢い頭脳がそこにあったら頼りたくなるでしょう?」
正論だ。牧も何度もそう思ってりなを使ったことがあるから架名を非難は出来ない。
「この話はこのくらいですか?」
ちょっとそわそわした架名を見て、牧が内心で首を傾げる。何かあっただろうか?
「ああ、現状はな。何かあるのか?架名?」
「今、プライベートですよね?」
さっき牧が小雪に言ったそれを、架名が今一度確認する。
「ああ、そのつもりだが?」
「じゃ、遠慮なく。りなを未汝姫のボディガードにつけたと本人に聞きましたけど、何企んでいらっしゃるんです?しかも、拒否は許さないなんて強引に引き受けさせて」
探るような目を向けられて牧が目をぱちくりさせると、仕事をしていた小雪が、話が聞こえたのか溜息を一つついた。
「小雪さん、もしかして何か事情知ってる?」
聞き逃さない架名が問うと、小雪がパソコン画面から目を離して椅子に座ったままくるりと体をこちらへ向けた。
「実にくだらない理由ですよ、架名様」
「くだらないって・・・・・・・?」
言いながら、はっと思いつき架名が牧に目を向ける。
「まさか、りなの女嫌い少しでも緩和させようとか、そういうこと!?」
牧の口端が、ニヤリと悪そうに吊り上げられる。
「りなへの伝言は、拒否は許さない、養父さんは心配なんだと伝えたはずなんだが」
架名が額を押さえてソファの背もたれに背を預ける。
「俺、さっきりなに会った時、氷柱に射抜かれそうな目を向けられたんですけど。春なのに雪原のど真ん中に立たされてブリザードを体感してる気分だったんですが?」
「ほお?そんな荒れ具合か」
牧が悪そうな笑みを深くする。
「そんな嫌がらせのようなことをしなくても、もう少し大人になられれば緩和されると思うんですよ。未沙様や私や美里ちゃんには、ちゃんと避けることなく会話も出来るわけですから」
「皆身内じゃないか」
香村小雪も西城美里も、両親が亡くなった後に牧の戸籍外養子になっている。
美里は西城家当主の娘で、巫女としての役職に就いていた。千里眼や透視、未来予知などが使える西城家の中でも高度な異能の持ち主だ。
牧と美里の父親は親友だった。だが、異能持ちゆえに研究者に一族郎党捕まり、実験という名目で惨殺される。
美里と弟の杏堵は監禁先から逃げ出して助かった、西城家の生き残りだ。
「女が駄目だというなら、私や美里ちゃんを避けてもいいはずでしょう?それがないということは、単に慣れてないだけだと思いますよ?」
「慣れてない、で廊下を歩くにも女を避けて別の道を選択するのか?ちょっと考え難いだろう?日常生活に支障が出るレベルだぞ?」
「それはほら、思春期特有の潔癖症のような感じで・・・・・・・」
「思春期特有、ねぇ」
普段のりなを見ていると、その仕事ぶりからとても思春期だとは思えない。もう立派に一人前の社会人である。
「何にしても未汝も受験生だし、りななら勉強が絡めば多少苦手意識が薄れるかもしれないしな。未汝の傍にいれば女官も出入りするから徐々に慣れるだろう」
実際、宮廷内に女性は少ない。だからこそ、こういう機会でもなければ治すような環境にいさせることができないのである。
「・・・・・・・スパルタですよね、いつもながら」
架名が弟の心情を思い言うと、牧がそうか?ととぼけて見せる。
「お前は女嫌いなんてことがなかったから、俺はそういう心配はしていないが」
「・・・・・なんか、まるで俺が女ったらしみたいじゃないですか」
「誰もそんな事は言ってない。ただ、今のりなの状態じゃ将来結婚もできないし、それでは困るかなと思って」
「りなは結婚願望ないでしょう? “ 結婚しなくてはならないという法律はありませんので ” と言うくらいだから」
牧が、そうなんだよなと腕組み難しい顔をする。
「やはり法律作れるか考えるべきだろうか」
「それ、例え出来たとして、りなが大人しく従うと思いますか?あいつのことだから抜け道を模索する方に労力かける気がしますけど?」
「無駄に頭が良いと始末が悪いな。お前達は異常なほどの美男子だし、頭脳的にも申し分ない。国としてもその遺伝子を残さないのは損失だ。勿体ないと思わないか?」
「勿体ないって・・・・・」
「2月14日の王宮宛ての郵便物がどうなっているか知っているだろう?」
「一年間で一番郵便物が多くて、一番大変な日ですね」
チョコレートメーカーが仕掛けた商戦絡みのイベント、バレンタインデーだ。
ちなみに架名もりなも、送って頂くのはありがたいが、一人一人にお返しは出来ないし、そんなに食べられるわけでもないから、全て孤児院等へ寄付させて頂きますと発表している。それでも山と届くのだ。
「誰のせいだと思ってるんだ?全く」
「さぁ、誰でしょうね?」
架名が苦笑しながら、部屋の掛け時計を見た。時計の針は午後3時30分を過ぎたところである。
「今から訓練か?」
牧が架名の目線の先を察して問う。
「5時からです」
「疲れているのなら休んでもいいんだぞ?」
「いえ、大丈夫です。サボって感覚が鈍るといけないんで」
ボディガードとしての訓練だ。未沙がいないとはいえ、いつ目覚めて通常の仕事へ戻ることになるかも分からない。準備だけは万端に整えておくべきだろう。
「牧、呼んだ?」
華菜がノックもせずに入ってくる。
「華菜、遅い。文花に呼びに行かせたはずだが、どこで油を売っていた?未汝が見つかったぞ」
「知ってるわよ。りなちゃんに曲者として捕まってたから」
牧が、「は?」と聞き返す。何やら思わぬ出会い方をしたようだ。
「架名に見つかって曲者騒動が起きて、そこを文花が見つけたんだよな?」
架名に目をやり訊くと、架名が「ええ、はい」と頷く。
「何で今度はりなに?」
「さぁ?お散歩にでも出たんじゃないの?そんなことより牧?未汝が、お父さんの嘘つきって喚いてたわよ。一応弁解はしておいたけど、自分の口で話した方が良いんじゃない?」
「一体どの話を言っている?」
「貴方のお仕事の話よ」
牧が、何だと言わんばかりの顔をした。
「そんなことか。分かった、今からでも話に行こう。架名、5時から訓練なら、少し付き合え。小雪、ちょっと行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
家族のやり取りを見ていた小雪が、書類片手に見送ると、牧は華菜と架名を連れて未汝の自室へと向かった。
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