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足らない資料を調達し、国王が向かったと思われる礼拝堂へと向かう。
この礼拝堂の続きの部屋が、神官である晋槻文花が執務室として使っている部屋だった。
文花は、りなと国で1,2を競う頭脳面での天才児のもう一人でもある。
廊下を歩いて行くと、礼拝堂の前で、養父と文花が立ち話をしている。 数時間立ち話をしていたわけではないだろう。多分、何か伝え忘れがあって、呼び止めたのだと思われる。
「りな、どうした?」
やってくるりなに気が付いて、養父が声をかけた。
「少々確認したいことがありまして」
そう切り出すと、いくつか確認事項を伝える。
ふんふんと聞いていた養父と文花が、あれはこう、それはそうと、りなに回答を寄越す。
「これくらいか?」
「はい。ありがとうございました」
軽く頭を下げて、王室へと戻ろうとする。
「りな。王室に戻るなら、この書類、持ってってくれ。俺はちょっと、いくつか課の様子を見てから戻るから」
「分かりました」
国王は時々、王宮内にある各部署に顔を出す。そこで働く人達から、生の声を吸い上げるためだ。
王宮内は国王の意向で、海外からの賓客がない場合は無礼講生活を推奨している。
その生活が浸透してきた為、王家などの所謂お偉いさんと宮仕え達の距離が近い。休日や就業時間外には、共に遊んだりして過ごすこともある。
その為、生の声も聞き取りやすくなっていた。
養父から書類を預かり、りなは王室へ向かって歩き出す。
だが、傍の階段を上ろうとして、彼はピタリと足を止めた。
立ち話を再開した養父と文花が、そんな彼に目を留める。
りなはちらりと階段の上に目を向けてから、上るのを諦めて、廊下を真っ直ぐに突き進んだ。王室へと帰るには、その道は遠回りである。
「王室に帰るって、言わなかったか?」
国王の問いに、隣に立つ文花が、耳を澄ませて苦笑いをした。どこからか、女性の声が聞こえる。
「王室へ帰るとはっきり言いませんでしたが、まぁ戻るんでしょう。王、原因はあれですよ」
その視線の先には、階段から下りてくる女官が2人。手にはバケツと雑巾、箒を持っている。
「・・・・・・レーダーでも付いてるのか?姿見えなかっただろう?」
「エリートと言われるボディガード部隊に、楽々と入る実力を身に付けたりなですから、それだけ気配には敏感なんでしょう」
「野生動物か」
「野生動物なら、子孫を残す為に異性には寄っていくのでは?」
「まだりなは子供だから、寄って行かないんだろう」
「・・・・・・あの子、一応思春期に突入しているはずですが?」
それなりに、そういう欲求が出てくる年齢だ。異性に興味が出るお年頃である。
――普通ならば。
「文花、りなの女嫌いの原因、本当に心当たりないのか?」
いつの頃からか、女を極度に避けるようになった。
避けないのは、家族と、同じ戸籍外養子の姉妹達。
必要な話ができるレベルは、古参の女官や、女性兵士の幾人かくらいである。特に酷く避けるのは、彼と似たような年頃から50代直前くらいまでの若い女だ。
「残念ながら、ありません。引き取った当初は、そんなことなかったのでしょう?」
「ああ、まぁ、あまり自室から外へ出なかったから、分からなかっただけかもしれないが」
彼らの両親が殺された後に、子供達を引き取った。
彼らは特殊な能力を持っていた為に、命を狙われる危険性があった。その為、街中の孤児院へ預けるわけにはいかなかったのである。
また、子供達はこの養父が即位する前に、この王宮の地下牢へと収容された経験を持つ。そこで行われた、研究という名の非人道的な行為によって、彼らの体は血にまみれ、心は凍てついた。
即位して助け出した時には、その瞳はガラス玉のように何の感情を映さず、まるで生き人形のようだった。
怪我も酷く、中には肉が抉れてしまっている箇所もあり、その治療は、引き取った後も続けられた。
治療を怖がるだけなら、まだ良かった。子供達はそんな経験から、人を信じられなくなっていた。引き取られて慣れない場所で、しかも収容されていた地下牢のある王宮では心休まらず、常に警戒していた。ベッドで休ませるのも、一苦労である。
そんな手負いの狼のような子供達は、不思議な能力だけでなく、天才的な才能の持ち主だった。
勉強をさせれば、大学卒業程度までの学力を5~6年で身に付ける。
運動がてら宮廷兵士の訓練を受けさせれば、エリートと言われるボディガード部隊の試験を楽々突破するだけの実力を身に付ける。
りなに至っては、牧が頭を悩ませていた国家予算の資料をちらりと見ただけで、まるでパズルを解くかのようにチャチャッと組んでしまったので、どうせなら早々に職につけて仕事を覚えさせようと、国王の側近として就任させたところ、みるみる実力をつけた為、王閣議会の閣僚として採用した。
ちなみに兄の架名はと言えば、勉強よりも運動神経が秀でていた為、宮廷兵士の実技テストではトップクラスに入る実力を身に付けた。こちらも学業がほぼ終了すると同時に、第一姫の教育係兼ボディガードに就任させている。
天は二物は与えないと言うが、彼らの容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群の3拍子を見ていると、嘘だなと思うこの頃だ。
そんな完璧人間の兄弟達は、常に女性から熱い視線を送られているのだが、どちらも気がない。
兄の架名は軽く流し、弟のりなは、その極度の女嫌いから、言わずもがなである。彼の恋人は万年、学生達は見たくもないだろう、大好きな問題集だけだった。
「何にしても、このままじゃまずいよな」
日常生活に支障が出る程の女嫌い。先程は、女が階段の上からやってくるのが分かったので、通る道を変更したのだ。
「そうですね。ただ、思春期が過ぎれば、多少は変わってくるかもしれませんよ?」
「変わらなかったらどうするんだ?」
「・・・・・・そうですね、それはその時に考えるしかないのでは?」
“ 時、すでに遅し ” だったらどうするんだと、養父は思う。
「この際、結婚しなくてはならないって法律を、やっぱり作るべきか」
事あるごとに養父が心配するので、りなは養父を安心させるために「でも、結婚しなくてはならないという法律はありませんから、将来に支障はありません」と言うようになった。
今では定型文のように、この件のやり取りでは必ずその口から飛び出し、もはや口癖のようになっている。
「その法律を作ったとして、りなが必ず女性と結婚するとは限らないのでは?貴方が数年前に公布した法令で、この国は、今では同性婚も認められております」
「・・・・・・そういうことを言うのか、文花」
「人道的な観点で、私はその法案には賛成ですよ。国としては、子供が産まれないという問題はありますが、神官としては、国民の幸せを祈るのが役目ですからね」
「成程。よく出来た神官様だ。ついでに、りなが将来、自分の家庭を持って、自分の子供を抱く姿を俺に見せてくれるように神様に祈ってくれ」
「それは、例えば科学技術の進歩で出来た子供でも構わない、という事でしょうか?」
科学技術の進歩で出来た子供。つまり、SF小説などで見るような、コポコポした水槽の中で生まれてくる子供のことを言っているのだろう。
「お前、りなの女嫌いが治らないの前提で話をしているだろう?」
「可能性が高い方を選択して、王の願う未来を推測し、希望が叶う一番可能性の高い道を進んでみただけですよ。治らないとは言っておりません」
女嫌いが治らない可能性が高い方を選択した時点で、治らない方に比重が傾いていると、その口で言っている。
文花の賢い頭脳が導き出した答えだ。スーパーコンピューターの未来予測とまでは言わないが、可能性が極めて高いとしか、思えない。
はあぁと、養父は嘆きにも似た溜息を吐いた。これは、本当にどうにか手を打たなくては改善されない気がする。
――どうしたものか。
よく出来る養い子の、ちょっと困った問題に、養父は頭を悩ませるのだった。
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