第10話 辞令下る

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第10話 辞令下る

 ささやかな探検に出た未汝は、まず箒を返しに行くと、好奇心の(おもむ)くままに王宮内を闊歩(かっぽ)し、そしていつの間にやら帰り道が分からなくなってしまった。  しかも、人に道を尋ねたくても何故だか誰の姿も見当たらない。 「で、私どっちから来たんだっけ?」  当然のように、自分の家とは勝手が違うことを見事なまでに迷って証明したのであった。 「王宮だもん、そりゃあ広いだろうって思ったけど、こんなに迷うなんて思わなかった」  抜け出したことを正当化しようとする独り言まで飛び出しはじめる。  しかも、慣れない場所というのはどこか不気味さを感じさせる。  ちょっとした風の音でもビクリと反応する未汝の神経が、どこか研ぎ澄まされていったその時。  ガヤガヤと、遠くの方から話し声が聞こえた。夜ならば気味が悪いと思ったかもしれないが、今は太陽が丁度南中に近付いたところ。まだまだ明るく、お化けの出番はなさそうである。  未汝は今の自分の立場も忘れて、この状況を喜んだ。話し声がするいうことは当然のことながら、人が来るのである。人が来るということはつまり道が聞けて、元の部屋に帰れる可能性が高くなるわけだが、それは未汝のことがこの王宮にいる人々に知れ渡ってからの話であり、現在の状況ではただの侵入者。その立場を未汝はすっかり忘れていた。  白色の長袖ブラウスに、上品そうな藍色の袖なし膝下くらいの丈のワンピース、胸元には金色の竜の周りを鈴蘭の茎が囲み、鈴蘭の花の上にツバメが留まっている徽章(きしょう)の刺繍が施された、宮廷女官の仕事着を着た女性が二人、未汝の進行方向から歩いてくる。年齢は一人は50代くらい、もう一人は20代くらいだ。世間話に花が咲いているのか楽しそうに笑いながら近付いてくる。 「あの、すみませ・・・・・」  未汝は道を聞こうと話しかけたが、目が合った途端、二人の顔から先程の楽しそうな表情が抜け落ち、変わって怪しい人を見るような目になっていく。  やばい・・・・・と思ったときにはもう遅かった。 「く・・・・・・曲者です!!警備兵!王宮内に曲者が!!直ちに捕まえて・・・・・あ、お待ちなさい!!」  未汝は回れ右をしてその場から駆け出す。  女官の声に反応した警備兵が「待て!!」と追いかけてくる。階段を二階分ほど転がるように下り、真っ直ぐの廊下をバタバタと当てもなく走ると、その先には一人の少年が歩いていた。  その少年は、後方の騒ぎに気付き振り返る。その姿を窓から差し込んだ光が照らし、一層効果的に美しく引き立てる。  テレビの中以外にもいるんだわ、こんな人・・・・・と思えるほど容姿端麗な、未汝と同年代くらいの少年であった。手には、分厚そうな本が二冊、よくよく見れば問題集と書かれている。 「りな様!!」  未汝の後方から追いかけてきている警備兵の一人がそう叫んだ。  え?女の人?などと思いながら未汝がりなの手前で立ち止まる。  どうしよう、逃げ場がない。  逃げ場を探すように視線をあちこちに振る未汝を、不審な顔で(何故だか向けられた視線に冷ややかさを感じる)少年は未汝の行く手を(はば)む。 「何事ですか?騒々(そうぞう)しい」  どこか冷ややかな声で、その目元に(けん)を宿して警備兵に問う。 「りな様、お怪我は・・・・・」 「ありませんが?一体どうしたんです?この方が何か?」  冷たい目を向けられて未汝はドキリとすると、まずい、と逃亡を再開すべくジリジリとりなから距離を取り、壁際に背を向けて一歩一歩横歩きする。 「曲者なんです」 「曲者?」  りなが驚きの目で未汝を再び見た。まさか、という思いがりなの瞳に宿っている。 「王宮内に入り込む曲者にしては、随分と軽装のようですが・・・・・・・」  値踏みするような目で上から下まで観察するも、目的が分からないと言わんばかりの顔をする。  傍にある花瓶の置かれた台に本を置くと、りなが肩をすくめた。 「手荒なことはしたくないのですが・・・・・」  羽のように軽く地を蹴ると、立ちすくむ未汝の腕を背中へと()じり上げ、 「痛っ」  そのまま未汝の背を押さえて膝をつかせ、その場に取り押さえた。  その一連の動作には無駄がなく、まるで舞でも舞ったかのように洗練された動きだ。  未汝を警備兵に引渡し、台に置いた問題集を手にした時、りなの背後から女性の明るいあっけらかんとした声が響いた。 「あら、一体何の騒ぎ?」  りなは振り向き、慌てて未汝からその女を遠ざけようとする。 「王妃、近付いてはなりません!曲者だそうですので・・・・・」  王妃と呼ばれたその女はりなの言葉を無視し、両手を背に回された未汝の傍にしゃがみこむ。まるで小動物を見つけた少女のような行動だ。 「王妃!!」  慌てたりなが、王妃に危害を加えられては困ると守るように手を伸ばすと、王妃と呼ばれたその女がりなを見上げた。 「ね、りなちゃん。この子が曲者なの?」  思わぬ問いに、りなの眉間に皺が寄る。この状況で何を聞くのかこの人は、と思ったようだった。 「という話ですが?」  ふ~んと納得したんだかどうだか分からない返事をしてから、さらにじーっと未汝を見つめる。 「王妃?」  りなと警備兵は、王妃の理解不能な行動に戸惑いながら、次にどのような行動に出るのかを見守っている。危険がないように注意しているのだろうが、未汝にとってはじーっと見られているのは少々居心地が悪い。しかも、母にそっくりな顔だ。 「あの・・・・・」  未汝がまさかと思いながら問いかけた瞬間、王妃はニコッと無邪気に笑った。 「曲物っていうからどんな物かと思えば、普通の人間じゃない!期待して損しちゃった」  立ち上がってニコニコと笑いながら発せられたその言葉に、一同は耳を疑う。 「あら、どうしたの?皆固まって・・・・」  王妃のあっけらかんとした様子を見て、りなは恐る恐るといった(てい)で口を開いた。 「王妃、曲者を何だと思っていらしたのですか?」 「ん?曲物っていうくらいだから、どんな曲がった物かなぁ?と思ったの。でも、普通の人間だし、つまらないわ。あ、もしかして性格とか?」  つまらない、とかいう問題なのだろうか、全く意味不明、理解不能なんですがと、りながこめかみを押さえる。 「王妃・・・・・。丁度ここに国語の問題集がありますので、もう少しお勉強なさって・・・・・」  外でこんな訳の分からない会話をされては、色々問題だ。 「りなちゃん、お養母(かあ)さんに向かってなかなか言うわね」  なかなか言うわねって、言いたくもなるだろうと常識人が思っている中、りなは咳払いをして、とりあえず、と警備兵に向き直った。 「牢へ連れて行って下さい。いつまでもこうしているわけにはいかないでしょう」  りなが警備兵に指示を出すと、兵は未汝を連行しようと動き出す。 「あら、その子を牢に閉じ込めておくつもり?りなちゃん?」  引っ立てようと未汝を立たせるのを見ていたりなは、眉間の皺を増やした。 「王妃、いい加減にりなちゃんはやめてください。僕は男なんですから・・・・・」  りなの抗議に、王妃はニッコリ笑って「りなちゃん」と改めることはない意思を示し、やめるつもりはないことをアピールした。 「とりあえずね、その子を牢に閉じ込められちゃ困るのよ。りなちゃんだって牢屋は嫌でしょ?」 「そりゃあ嫌ですけど・・・・・って、僕のことはいいんです。王妃、今、牢に入れられては困ると仰いましたか?」 「聞こえてるんじゃない」 「どういうことですか?曲者を牢に入れては困るとは・・・・・まさか、まだ曲者を曲がった物などと思ってらっしゃるなんてことはないですよね?」  りなが疑うように王妃を見る。その視線を受けて、王妃は口を尖らせた。 「思ってないわよ。でも、困るものは困るのよね?未汝?」  曲者の名を呼んだ。りなも警備兵も状況が分からず驚きに目を瞠る。 「お知り合いですか?」  りなの問いに、王妃はあら?と不思議そうな顔をした。 「お知り合い?やーね、忘れちゃったのりなちゃん?この子は鈴香未汝、私の子供よ?若いのにもうボケちゃったの?夜遅くまでお勉強してるから」 「いえ、ボケてなどいませんし、勉強のし過ぎということもありませんが・・・・・・あの、無礼を承知でつかぬ事を伺いますが、この方は、その、王妃の隠し子、なのですか?」  王妃に隠し子なんてスキャンダルだ。しかも、未沙の他に実子がいるだなんて聞いた記憶がない。りなが恐る恐る聞くと、王妃はくすくすと笑い始めた。 「やーねりなちゃん、王の妻に隠し子なんているわけないじゃない。未汝は未沙の双子の妹なのよ?昔話したでしょ?牧は元々は過去の人だったって」 「待って下さい!!あれ、作り話だったんじゃないんですか!?」  まだここに引き取られた頃の話だ。寝物語に聞かされた話である。  確か、昔々あるところに・・・・・とかって始まった気がすると、りなは記憶を辿った。 「昔々あるところに、可愛い可愛い女の子がいました。その女の子は開けてはいけないと言われていたとある扉を開き、過去に落ちてしまったのです。そこで出会ったのは、何とも夢のない、現実主義で頑固で無駄に頭だけはいい青年でした。って話したでしょ?」 「・・・・・・」  昔々って、百年とか二百年とか、何百年前とかの話じゃないんだ、やけに昔話ちっくな始まりだけど・・・・・と、一同は思う。  しかもその話から察するに、可愛い可愛い女の子は王妃自身で、何とも夢のない、現実主義で頑固で無駄に頭だけはいい青年は国王のことか。王がその話を聞いたらどう思うのだろうとうっかり思うりな達である。 「それにしても未汝?曲者と間違えられるなんて、何か怪しい行動でもしたの?」  捕まえられていたその手を開放され自由の身になった未汝は、母そっくりな顔をじっと見ながら恐る恐る口を開く。 「お母さん、なの?」  王妃は、くすりと笑った。 「じっと見てあげても気が付かないんだもの。お母さんの顔忘れちゃったのかと思ったわ」  確かにこの顔は母にそっくりで、先程の会話から分かるように馬鹿だろうと言いたくなるような発想というか何と言うかは、母そのものであるような気がした。肩に届くくらいのウェーブのかかった薄茶色の髪は綺麗に手入れされて、横髪は後ろで留めてある。まだまだ若そうな顔は人懐っこそうな笑みを浮かべていた。  未汝の不安そうな顔に、華菜は微笑む。 「なぁに?その疑うような顔は。そんなに信じられない?」 「私、現実主義者だもん」 「牧と同じようなことを・・・・・これもとりあえず現実なのよ?」  そう言われてしまうと、確かにそうなのである。たとえ頬をつねってみても覚めないことは、先程文花の前でやってみて実証済みだ。 「・・・・・嘘つき」 「何が?」 「いつだったか何の仕事をしてるのか聞いた時、お父さん嘘ついた!!」 「しょうがないじゃない、どうせ本当のことを言ったところで信じなかったでしょ?それに、学校に提出する書類に、2335年の王様ですなんて書ける?そんな事書いたら精神病院行きよ?」  それはそうだろう。この母が珍しくまともなこと言ってると未汝が思っていると、王へ報告に出向いていた晋槻文花が戻ってきた。どうやら騒ぎを聞きつけてやってきたらしい。 「何事です?」 「あ、(ふみ)~!!」 「王妃、こんなところにいらしたのですか?王が話があるから王室に来るようにと仰ってましたよ?」 「は~い。じゃあね、未汝」 「え?あ、ちょっと、お母さん!!」  ひらひらと軽く手を振って、王妃 鈴香華菜(すずかかな)は王室へ向かった。  それを見送って、文花は警備兵の傍に立っている一人の少女に気がつく。 「未汝姫!私、部屋から出ないで下さいと申したはずですが!?勝手にお出かけになるからこうなるのですよ!!」 「ご、ごめんなさい」  全く。と文花が息をついたのを見て、りなが早々にこの場を離れようと足を引いた。 「文花様、それでは僕はこれで・・・・・・」  失礼します。と(きびす)を返して立ち去ろうとするりなに、文花が待ったをかける。 「りな」 「・・・・・・はい」  嫌な予感がする。呼ばれて仕方なく足を止めると、文花の口から思いもよらぬ伝言(世の中でそれは命令と言われる)が飛び出した。 「王からの伝言です。今日から未汝姫のボディガードに任命する、と。今まで以上にハードなスケジュールになりますが、体を壊さないようにとのことです」  りなの表情が一瞬引き攣った。傍に居る警備兵達も、顔を見合わせる。 「文花様、それは・・・・・・・」 「分からないことは架名に聞けと。ちなみに、拒否は許さない。養父(とう)さんは心配なんだとの伝言も預かっています」  りなの眉間に、深い皺が刻まれる。 「・・・・・・・一体、何の心配ですか」  冷ややかな声音に、王の思惑(おもわく)も、りなの心情も理解している文花が、板挟みで困ったような顔をした。 「りな、これも修行と思って職務に励みなさい」  当たり障りなく神官らしく諭す言葉を口にすると、りなが不服ながらも口を(つぐ)んだ。  警備兵達にここはもう大丈夫だからと持ち場に戻らせると、文花はりなに優しい目を向ける。 「とりあえず、未沙姫の向かいの部屋を未汝姫の自室にするとのことです。ご案内を。私は美里を探してきますので」  りなは一瞬沈黙し、「畏まりました」と表情を失くして了承した。
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