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海に居るキラウとの間が、50メートルほどまでに迫った時だった。
キバが、足を止める。
《カムイ、見ろ。向こうからキラウの群れがやってくる》
「え?」
私は驚いて、キバの首が示す方に振り返った。
ここからなら、2~300メートルほど離れているだろうか。巨大なキラウが何匹……何十匹?いや、百匹以上の大群で移動してくるのが見える。物凄い威圧感……!
これでは、如何なキバと言えども勝負になるまい。海中のキラウは、この群れが到着するのを待っていたようだ。
「……大群だな。もしかするとキラウ族の『全て』が集結しているのかも知れない」
カムイも、これ以上キラウに近寄るのを諦めたようだ。キバから降りて砂浜に立つ。
私も、それに続いて陸に降り立った。
「何て凄い群れ……」
思わず感嘆の声が出る。
と、その時。
……おや? 何か……変だぞ?
私は、群れの先頭に居るキラウの様子が何か可怪しい事に気づいた。
何やら背中に『乗っている』ようだ。『人族』だろうか?だが、『キラウは人と群れない』のでは無かったのだろうか。
よくよく、目を凝らして見てみる。すると……
「あれは……まさか!」
その背中に乗っているのは!
見間違えで無いとすれば……だが、いや、そんなはずは!
やがて途中で止まった群れから、その一匹だけが私達に向かって歩いてくる。
その背中に悠々と乗っているのは……やはり、間違いではなかった。
「……ジャーレット教授!」
キバの前に飛び出し、その名前を呼ぶ。
15メートルほどの距離を置き、そのキラウが足を止めた。
「……やはり、ミスティ君だったか。向こうから姿を見かけた時は『まさか』と思ったがな。よくぞ助かったものだ」
顎に蓄えたブロンドの立派な髭。長い遠征ですっかりと色黒になった肌。がっしりとした体格……
何処からどう見ても、転覆した船に同乗していたジャーレット教授だ。
「そんな……あの嵐で助かったんですね!」
「ああそうだ……実は乗っている船が転覆したのは人生で2度目でね。君は怖くて船室に隠れていたようだが、それは最適解ではない。船が潰れた時に船体ごと沈没してしまう確率が高いからな……ああした場合、むしろデッキに出て何か浮くものを抱きかかえて海中に飛び出した方がマシなのだよ……」
ならばそう教えてくれればいいのに!と思わなくもないが。
あの場面でそれを口にすると、全員の船乗りがそうするだろう。そうなれば『浮くもの』を巡って壮絶な争いになるのは目に見えている。
……だから、あえて黙っていたと。
理性では理解できるが、腹を立てるなという方が無理だろう。必死に、それが顔に出ないように抑えこむ。
「……キラウは、人族と群れないのでは?」
「ふん!そんなのは一般論だよ、君。何にでも『例外』というものはある。……シキテと組んだ君には何も話す事は無いがな!」
そう言って、ジャーレット教授は乗っていたキラウに合図を送った。
キラウは何も言わず、身体を反転させて群れに戻り始める。
「生きていたなら、また会おう。……出会う機会があれば、だがな!」
それだけ言い残し、ジャーレット教授は去っていった。
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