キラウ

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キラウ

「う……う……っ!」  私はその圧倒的な巨体を前にして、ただ座り込んで震える事しか出来なかった。余力があれば走って逃げる事も出来ようが、その体力は一晩中の水泳で使い果たした後だ。  まじまじと、その姿を見る。  抜群の殺傷能力を持つであろう、3本の角。鳥の(くちばし)を思わせる尖った口。小さいが鋭い目つき。そして、後頭部に広がる団扇(ファン)のような出っ張り……何処かで見た事があるような、無いような。  そう、例えるなら古代に滅んだという『恐竜』……?  そう言えば、船乗りが『この近くには悪魔の島が』と言っていた。  ジン族の古い言い伝えで『近寄ったら皆殺しにされる』と言われている『悪魔(サルナシ)』が住む島の事だろう。  だとすれば、この島がその『悪魔の島』で、彼の者がその『悪魔』なのだろうか。  ……いや、ここが仮に『悪魔の島』だったとしても、目の前に立っている『彼』は伝説の悪魔では無いだろう。 何故なら『眼』が違うからだ。    眼が顔の正面に並んでいるのではなく『左右の側面』に付いている。これは『捕食者』の眼ではない。捕食者は『視差による立体視』で獲物との距離を正確に掴むために、眼を顔の正面に並べるのだ。  だか、『正面の眼』の視界はせいぜい180度しかない。死角が広いのだ。これでは何処から襲ってくるか分からない天敵を広範囲に見張る事は難しい。だから、被捕食側は眼を顔の左右に分けて広い視界を確保している。  つまり、とても信じられないが、この巨体を襲う『捕食者』が別に居る……という事なのだ。  《ふん……》  彼の者が鼻を鳴らして、身体の向きを変えようとする。どうやら私に対して興味を失ったようだ。 「まっ……待って!」  私は思わず呼び止めてしまった。 「お願い!待って! あなた、その言葉……『ジン語』ね?! 私もジン語なら多少分かるの! ねぇお願い教えて!ここは何処なの?あなたは何者なの?」  その問いかけに、彼の者はチラリとだけ私の方に視線をくれた。  《……ワシら『キラウ族』は人と群れない。森に分け入って『シキテ族』を探すのだな。シキテは人と共に生きる者達だ》  それだけ言うと。  『キラウ族』と名乗った巨体はゆっくりと方向転換を始めた。  あり得ないほどに太く締まった胴体、その艷やかな皮膚が太陽の光を眩しく反射する。そして長くて逞しい尻尾が、まるで殿(しんがり)を務めるかのようにその後ろから続く。  その動く様の、何と神々しいことか!  私は自分の置かれた立場を忘れ、砂浜にズン……ズン……と足音を響かせながら立ち去る後ろ姿に見とれていた。  
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